私はあまりに無知だった。認知症がどのような病態を示して進行するかを知らなかったし、またその進行の速度も知らなかった。さらには、介護にあたってなにをすべきなのか、介護用ベッドに始まるどのようなハードウエアを用意し、誰がどんな手順で介護を行うかのソフトウエアを組んでいくかかも、分かっていなかった。

 心のどこかでは、認知症を甘く見ていたのである。
 いや、まだこの期に及んでも「甘くあってほしい」という願望があったのだろう。

 2014年秋時点では、母には様々な異常が見られたものの、日常生活に大きな問題が立て続けに発生するという状況ではなかった。長年続けていた近所の有料プールでのスイミングも続けていたし、以前のようなきちんとしたものではなかったが、なんとか三度の食事はは自分で用意できていた。

 もうひとつ、この時期、私は多忙だった。

そして自分が倒れる

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 小惑星探査機「はやぶさ2」の打ち上げが迫っており、書き下ろしの書籍2冊を同時並行で書いていた。ただでさえ忙しいところに母の手間が加わった結果、私にはずいぶんなストレスがかかった。10月後半の金曜日、私は左耳の後ろからあごにかけて湿疹ができているのに気がついた。土曜日には腫れが広がった。私は耳の問題かと思って耳鼻科の救急外来にかかった。診断は帯状疱疹。

 水疱瘡のウイルスが神経に入って湿疹と共に激痛を引き起こす病気だ。過大なストレスを抱えている時に発症しやすく、通常は1回かかると免疫ができて二度とかかることはない。私は大学の卒業論文の実験で泊まり込みが続いていた時に発症したことがあり、もう罹ることはないだろうと思っていた。後で調べると、「まれに複数回発症することもある」とのことで、あの激痛を2度も体験することになるとは、と自分の運の悪さを嘆いた。

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 耳鼻科の医師は、専門ではないので治療できない、と言った。「とりあえず抗ウイルス剤を出すので、月曜日に皮膚科に行ってください」。日曜日、湿疹は広がり、神経性の激痛がひどくなった。眠れぬ一夜が明けて月曜日、近所の皮膚科に行くと、医師は一目見て「顔に近いので下手をすると後に顔面麻痺が残る可能性があります。これは入院したほうがいいです」と総合病院への紹介状を書いた。

 そのまま私は、総合病院の皮膚科に入院となり、1日中抗ウイルス剤の点滴を受ける身となった。激痛で眠れず、眠れないところに2冊の書籍の編集者から交互に「原稿まだですか」と催促メールが入る。4人部屋のベッドが空いておらず個室に入った私は、「どうせ痛くて眠れないのだから」と看護師の目を盗んで夜通し原稿を書き続けた。

 母はといえば、まださほど問題なく、1人で家に置いておくことができた。行動が怪しくなっているとはいえ、まだ母の日常は表面的には穏やかだった。

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