後から振り返ると、前兆は1年ほど前の2013年夏頃から出てはいた。基本的に身辺は身ぎれいにしていた人だったのが、掃除を面倒くさがるようになり、片付けができなくなった。同じ頃から、歯磨きやケチャップ、マヨネーズなどを使い切らないうちから次々に開封するようになった。冷蔵庫などで使いかけを見付けることができなくなって、備蓄をどんどん開封していたのである。

 状況がはっきりしてから母の部屋を整理したところ、常日頃こまめに自分の日程を付けていた手帳の記述が、2014年2月を最後に途切れていた。スケジュールを管理できなくなっていたのだ。

 きちんきちんと三度の食事を取る習慣があったはずが、2013年3月頃からは調理を面倒がるようになり、卵かけご飯だけ、というような、かつての母からすれば考えられないような手抜きの夕食を好むようになっていた。同時に食べこぼしが目立つようになった。味付けもおかしくなり、砂糖の代わりに塩を使ってしまうというような調理事故が起きるようになった。

 2014年6月頃からは、ガスレンジにかけた鍋、やかんなどを忘れて空焚きする事故が頻発する。火事になってはかなわないと、私は怒り、何度も注意したが直らない。コンロを使うなというと「お茶が飲みたいのにお湯すら沸かせないなんてあり得ない」という。妹が知恵とお金を出して、電気ポットを購入してくれたので、「今後はこれでお湯を沸かすように」と厳命した。それでもコンロを使うので、私はやかんを隠した。不承不承ながら母は電気ポッドで湯を湧かすようになった。

 その上での、7月の「預金通帳がない」という騒ぎだったのである。8月に入る頃にはなんとか説得して、日々の預金通帳の管理を私が行うようになった。

「うっかり」だと思いたかった私

 これだけ前兆があったにも関わらず、そして前兆を時系列で整理すると明らかに悪化の一途をたどっていたにも関わらず、私は母の状況を「年齢なりのうっかり」だろうと判断していた。

 その上で、「今後は徐々に衰えていくにしても、自分のできることは、可能な限り自分でしてもらう」と考えていた。「おかあさん、あれをしてあげましょう、これをしてあげましょう」というのは一見親孝行ではあるが、母の行動を先回りして片付けてしまうことで、かえって母が弱っていくのを早めてしまう。少々つらいとこぼしていても、自分でする意志がある間は自分でさせるべきだ。預金通帳の管理のような、もう母に任せていては危険なことは引き受けよう。が、それ以外は可能な限り自分でやってもらう必要がある、と。

 が、それもこれも「年齢なりの老いであるなら」、という前提条件が付く。

 私は事実を事実と認めたくなかったのだ。
 面倒を抱え込むのは誰だっていやだ。

 目の前を事実を認めると面倒が自分の生活に舞い込んでくる。だから目の前の事実を認めないことにしてしまいたかったのかもしれない。