
フロンティア・マネジメント 代表取締役。外資系証券などで10年以上にわたり流通業界の証券アナリストとして活動。2003年に産業再生機構に入社し、カネボウとダイエーの再建計画を担当し、両社の取締役に就任。2007年より現職。著書は『「時間消費」で勝つ!』(共著、日本経済新聞出版社)、『時間資本主義の到来』(草思社)など(写真:陶山勉、以下同じ)
宅配最大手ヤマト運輸で、2年間で約190億円もの残業代が未払いだったという、サービス残業の実態が明らかになりました。4月には構造改革の計画を公表していますが、ヤマトはなぜ、このような窮地に追い込まれてしまったのでしょうか。
フロンティア・マネジメント 松岡真宏代表取締役(以下、松岡):いわゆる「ラスト・ワン・マイル」というか、ビジネス工程の最後の部分というのは、一般的に一番単純に見えるものですが、実はそこでの改革が最も遅れがちなんですね。例えば、エアラインでもチケットを発券して、搭乗口で確認するという工程は、古くから全く変わっていないでしょう。最近になって、ようやくスマートフォンに表示したバーコードを読み取れるようになるなど変化してきましたが、宅配便のラスト・ワン・マイルは基本的に誕生してから変わっていません。
そうした中で、商品を選び、代金を支払うといった購買プロセス、企業側から見ればビジネス工程の上流は、アマゾンをはじめとするネット通販やスマートフォンなどの登場によってどんどん効率化していきました。それによって、消費者は気軽に、単価の安い商品までも注文し、宅配で自宅に送るようになりました。
こうした変化が急速に起きる一方で、ラスト・ワン・マイルのビジネスモデルだけが根本的に転換できておらず、現場が頑張ってしまったということだと思います。環境変化に耐えられず、もっと早くから現場が「このままでは荷物を運べなくなる」と騒いでいれば、おそらく、問題が顕在化するのがここまで遅れなかったはずです。しかし、ヤマトなど宅配を手掛ける物流企業の経営者も、組合を含む従業員側も、制度疲労のまま頑張ってしまった。そのツケが、ここにきて一気に噴出しているということでしょう。
近著「宅配がなくなる日 同時性解消の社会論」(日本経済新聞出版社)では、ヤマトをはじめとする宅配業界が抱える問題を、「同時性」という切り口で分析しています。宅配業界における「同時性」とは、荷物を届ける人と、受け取る人が、同じ時間に同じ場所にいることです。かつては主婦など家族の誰かが家にいることが多く、この同時性が成り立つことを前提に宅配便のビジネスモデルは構築されていたのですが、最近では共働き家庭や単身世代が増えて、そもそも家で荷物を受け取れる可能性が下がっている。もはや、「同時性」が成り立つという前提が崩壊してしまった。
松岡:以前、コンシェルジュが常駐しているマンションに住んでいたことがあるのですが、私が家にいなくても、何でも受け取ってくれるから、ものすごく便利なんですね。だから、ネット通販だけではなくて、北海道でも銀座でも、買ったものをどんどん、家に送ってしまうようになりました。そこでは、家で私自身が受け取るという同時性を、コンシェルジュが解消してくれていたわけです。最近、普及が始まっている宅配ボックスは、まさにコンシェルジュと同じ役割を果たしています。
同時性が解消されて便利になると、家に送る荷物の価値はどんどん小さくなるんです。私は1980年代に東京で学生をしていたのですが、愛知の実家に帰ったときは、いろいろと段ボールに荷物を詰めて東京に送っていました。昔の宅配便というのは、物の価値とか思い出とかがたくさん詰まった荷物を運んでいたんです。
もちろん、今でもそういう荷物はあるでしょう。しかし、アマゾンがあって、スマホがある世の中では、価値が大きい商品とか、思い出が詰まった荷物とかではなくて、シャンプーといった数百円レベルの安い物が非常に増えました。それは、消費者にとって非常に良いことだと思います。ただ、それを支える仕組みが、思い出を送る仕組みと同じものを使っていることが大きな問題なんだと思います。それを変えずに、一生懸命頑張りますというのは、非常に辛いですよね。
本のタイトルには「宅配がなくなる日」と付けましたが、今の宅配便が完全にゼロになるということを言っているのではありません。ただし、運んでいる荷物の価値が小さくなっているのだから、サービスやインフラも、もっと価値を落としたもの、廉価なものにしていく必要があるでしょう。
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