究極的には、その地域に走っている車が全てレベル4の自動運転車になり、全ての車の運転に人間が介在していない状況が最も安全だということになる。そうなれば、例えば自動車同士で通信し合うことで、車同士がぶつかることなどあり得ない状況が作れるだろう。その時が来たら、人間は車の運転を禁止される。何しろ、人間は危ないのだから。「FUN TO DRIVE」どころではない。

 そもそも個人が自動車を所有するという習慣もなくなるかもしれない。自動車(自家用車)が、完全自動運転になってバスや鉄道のように公共交通手段となり、その都度、料金を払って使用する形態が一般的になる。

 今現在でも、日本の過疎地などで、病気などで車が運転できなくなった高齢者が生活に困っている実情がある。もしかしたら日本ではそうした地域から、人が運転する自家用車を排除し、自動運転車のみが運行されるような世界がスタートするのかもしれない。

 「そういう時代が来たら、車を運転することが、乗馬と同じ扱いになるだろう」。自動運転技術で世界をリードする株式会社ZMP取締役の乙部一郎氏は、そう言って笑った。車の運転は、限られた場所で限られた人だけが行うレジャーになるわけだ。当然、そのときには自動車産業は衰退を余儀なくされるだろう。

自動運転車が起こした事故の責任は誰が取る?

 自動運転のセッションの最後にあったパネルディスカッションでは、自動運転車が起こした事故の「責任」についての議論があった。テスラ車の事故はレベル2だったので運転者の責任になったが、例えば全ての車がレベル4の自動運転車である状況で、公園で遊んでいた子どもがボールを追いかけて車道に飛び出し、車とぶつかってしまったら……。

 そうした事故も100%防げるようなAIシステムが実現されていることを期待したいが、どこまで技術が進んでも、人間のきまぐれな動きを原因とする事故を完全に防ぐことはできそうもない。そんな事故が起こったとき、自動車メーカーが責任を問われるかと言えば、おそらく答えはノーだ。国が定めた基準をクリアした事故防止システムが搭載され、それがきちんと稼働していることが証明できれば、メーカーが製造物責任を問われることはないだろう、というのがイベント登壇者たちの共通見解だった。

 技術の進化ともに制度や法律が整備され、限りなく事故の可能性がゼロに近づいた社会では、事故発生時の最終的な責任は、法律に基づいて国や社会が負うことになる。本イベントの主催者の1人であるMITメディアラボ所長の伊藤穰一氏(デジタルガレージ取締役)は、「技術の進歩に法律や制度が追いついて来てもらわなくてはいけない。現状でも、例えば日本とインドでは交通ルールや車の運転に関する常識が違っているので、自動運転の世界における法律や制度も、おそらく国や地域によってかなり異なるものになるだろう」と予測した。

 インターネットが普及する課程で個人情報保護に関する制度や法律が整備されたように、新しい技術が社会に恩恵をもたらすようになるには、その技術に寄り添う法律や制度が整備されなくてはいけない。自動運転についても、これからそれが整備されていくことになるのだろう。

 さて、話を元に戻して、人工知能と医療の話である。

 デジタルガレージのイベントでも「ライフサイエンス/ヘルスケア」のセッションで、「人工知能を活用した画像診断支援システムの開発」という講演があった。講演者は、エルピクセルというベンチャー企業の島原佑基社長。同社では、国立がん研究センターなどの医療機関と共同で、人工知能を活用した画像診断支援システムを作っており、「人工知能をトレーニングすることで、ベテランの専門医と同等か、少し上回るレベルの精度で正しい画像診断を行うことが可能になっている」という。

 同社の取り組みは、まだ画像診断という限定された領域における医療応用にすぎないが、遠くない将来、人工知能が上手に問診をして患者から症状を聞き出したり、その時々で行うべき検査を的確にチョイスしたり、それらのデータから総合的に判断して、最終的な病名を“診断”することが当たり前のように行われるようになるだろう。