政府は2015年11月、「1億総活躍社会」の実現に向けた緊急対策を打ち出しました。中でも重点を置いたのが、親などの介護のために離職せざるを得なくなる人をなくす「介護離職ゼロ」対策。その具体策として、特別養護老人ホーム(特養)やサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)といった介護サービスの受け皿を、2020年代初めまでに新たに50万人分拡充することを示しました。

 早速、政府は昨年12月に決定した2015年度補正予算に、「介護基盤の整備加速化事業」として922億円、「サ高住の整備」に189億円を計上。2016年度予算でも財源を手厚く配分しており、力の入れようがうかがえます。

介護人材の不足をますます助長する可能性も

 ところが、この施策、介護業界ではあまり評判が良くありません。理由は、“箱物中心”の整備が前面に打ち出され、介護人材の不足に拍車を掛けかねないこと。取材に行くと全国どこでも、「人材が足りず職員の採用もおぼつかない」という介護事業者の声を耳にします。実際、建てたはいいが職員を十分採用できず人員配置基準を満たせないため、一部の居室しか稼働できない特養が多く見受けられます。

 さらに今後、人材不足がもっと深刻化するのは必至。厚生労働省が2015年6月にまとめた介護人材に関する需給推計では、2025年度に253.0万人の介護人材の需要が予想されるのに対し、供給の見込みは215.2万人で、37.7万人の不足が生じる可能性があることが分かりました(図1)。

図1 2025年度における介護人材にかかる需給推計と需給ギャップ(確定値)
図1 2025年度における介護人材にかかる需給推計と需給ギャップ(確定値)

 「1億総活躍社会」の実現に向けた「介護離職ゼロ」対策により、特養やサ高住などをより一層増やせば、人材不足はますます深刻になるというわけです。

 2015年度補正予算でも、「介護人材の育成・確保・生産性向上」に444億円が計上され、再就職準備金貸付制度の創設や離職した介護人材の届け出システムの構築などが打ち出されましたが、介護事業者たちの反応は芳しくありません。そもそもの問題である介護職員の賃金の改善が見込めないからです。「介護職員処遇改善加算」は2015年度介護報酬改定で積み増しされましたが、「将来、加算が廃止される可能性が残る中、基本給には反映しにくい」(関西のある介護事業者)といった声が多くあるのが事実です。

将来は人材育成の充実に介護報酬を支払う形に?

 こうした苦しい状況下で、介護事業者自ら処遇改善に取り組む動きが活発化しています。介護職の育成方針の確立、キャリアパスの構築、キャリアパスと賃金体系の連動などに乗り出すケースが増えているのです。これらの取り組みをしなければ、介護職の定着率の悪化や採用の停滞に直面し、事業存続が危うくなる可能性すらあるわけです。それは事業規模に関係なく、小規模事業者にも共通します。