東大生には希望がない?

釜石市で甚大な被害を受けた鵜住居地区で建設が進むスタジアム(写真:時事)

玄田:シャンソン歌手の岸洋子さんの名曲「希望」には、彼女が病気と闘い続けた背景があります。(人気バンドの)Mr.Childrenの曲だって、生きる苦しさを乗り越える歌に希望というフレーズが出て来ていると思います。東大の学生は「挫折した経験はありません」なんていう子が多くて、「じゃあ君には希望もないね」と話しています(笑)。

 言葉の関連性を探ると、ある新聞で一番希望という言葉が使われたのは、水俣病関連の記事だったそうです。困難を経験して、なんとか日常を取り戻した時、できることから少しずつ始めていく。これが希望なんです。

寺岡:2014年に希望に関するアンケート調査をされていますね。震災前に希望が「あった」と答えた人が3割、震災後に「ある」と答えた人は6割でした。希望活動人口は震災により増えたのでしょうか。

玄田:厳密に数字で把握できるものではありませんが、増えていると思います。釜石の場合、被災により機能が中心部に集約され、コンパクトシティが出来上がりました。震災前は住民はコンパクトシティを嫌がっていたんですけどね。否応無く変わらざるを得なかった。19年のラグビーワールドカップに向けてスタジアムも建設中です。街の生き残りにとってはいい流れができていると思います。市も小さな挑戦を続ける「活動人口」や定住しなくても釜石と関わり続ける「つながり人口」を重視しています。

三陸は一つになれるか

寺岡:従来型の地方創生が重視していたのは単純な人口です。最近は観光客などの交流人口が重視されるようにもなって来ましたが、持続性に疑問符がつきます。そんな中、東北では新たな着眼点が生まれて来ているように思います。宮城県南三陸町は「応縁団」、女川町は「活動人口」を掲げて活動しています。東北でさらに希望を増やしていくために重要なことは何でしょうか。

玄田:三陸が一つになれるかが問われていると思います。漁業地域といっても港ごとに文化が違うし、南北をスムーズに移動するための交通基盤も整っていない。でも、三陸沿岸道路(仙台市から青森県八戸市をつなぐ復興道路)が開通すれば条件が変わってくる。

寺岡:21年までの復興期間が終われば、復興庁もなくなります。その時、誰が音頭をとって三陸をまとめられるかは大きな課題ですね。先日お会いした岩手県大船渡市の商店主は「三陸道が開通すれば、交流人口を釜石市に吸い上げられる」とむしろ危機感を抱いていました。これでは連帯は生まれない。

玄田:チーム三陸という意識が醸成できるかにかかっているでしょうね。各地域の希望活動人口は連帯が生まれやすい。お互いの活動が刺激を生み、ウィークタイズ(ゆるい繋がり)が生まれるんですよ。行政主体の活動ではこうした繋がりは生まれにくい。希望活動人口が連帯の鍵を握っています。