「ちょっと表現が難しいんですが、震災があったからここまでできた面があります」。東北で地域創生に取り組む住民の中から、そんな言葉が聞こえるようになってきた。3・11という未曾有の悲劇は、未だ多くの住民の心に深い傷を残している。一方、「希望」を探し出すきっかけにもなった。岩手県釜石市などでフィールドワークを展開し、「希望学」を研究する玄田有史・東京大学社会科学研究所教授と語り合った。

寺岡篤志(以下、寺岡):岩手県釜石市などで、地方における希望の研究をされていますね。特に、希望を持ちながら地域のために活動する人の多さに着目する「希望活動人口」という考え方は、ユニークです。

玄田有史(以下、玄田):2005年から希望という言葉をキーワードに、少子高齢化 、人口減少に直面する地方のあり方を研究してきました。釜石の場合、1960年代の製鉄業が最盛期だったころに、人口は9万2000人に上りました。今は3万5000人を切りました。

 経済への影響を考えると、当然、消費市場が縮小します。市場が一定規模ないと地域経済が安定しない。一定のディマンド(需要)を確保するのが地方の原則ですよね。 サプライ(供給)はどうか。新日鉄住金の製鉄所が釜石にはあり、雇用吸収の役割を果たしてきました。89年に高炉が休止になって一時期迷走します。その後、企業誘致で空気圧制御機器のSMCが工場を建て、また雇用吸収の役割を果たしている。結局大きな企業をどう誘致して、どう引き止めるのか、という視点になってしまう。

 単純な需要と供給だけで、地域経済がうまくいくのかというと、疑問です。例えば、企業城下町にはデメリットもあります。公害問題はもちろん、一部の企業関係者だけが恩恵を受け、地域の分断を生むこともある。

 じゃあ、良い地域には、そんな対立構造を生まないように住民や企業や行政を結びつける人が必要ではないかと。それは坂本龍馬のような偶発的に誕生するスーパースターかというと、違うと思うんです。もっと住民全体の中から、地域の未来に希望を抱き、自ら行動する名もなき人たちがたくさん出ていくことが大事です。そんな希望活動人口が増えていれば、たとえ全体の人口が減っていても地域に未来はあると思います。

震災で「希望活動人口」が増えたと提唱する玄田有史・東京大学社会科学研究所教授

「希望は実存よりも宣言」

 出張先でタクシーに乗るだけでも、その地域の雰囲気って結構把握できますよね。外見的には寂れているけど運転手が「以外となんとかなると思うんです」「昔が良すぎただけで、これぐらいがちょうどいいんです」なんて話してくれる。面白い活動をしている人を紹介してくださいと聞けば、「あの人の所に行って来なよ」とすぐに名前が出てくる。こんな地域に注目しています。

 希望なんてあやふやな概念だとも言われますが、そこまで難しい話ではありません。何かやりたい、何とかなると思う、そう言えるかどうかです。言い出さないと、人と人は繋がりませんから。実存かどうかよりも、「希望がある」と言えるかどうかが大事です。

寺岡:アイリスオーヤマの大山健太郎社長も同じ趣旨のことをおっしゃっています。(こちらの記事も参照)。「具体的なビジョンを設定し、その志を社員、お客さん、地域に向けて発進することが第一歩」と。希望活動人口が多い地域は、どんな所なのでしょうか。

玄田:困難に向かい合った地域です。悲劇的な出来事があればすぐには動き出せません。震災でもすぐに希望なんて言い出せる状況ではなかった。

 でも、震災翌月に避難所へ物資支援に行った知人から聞いた話には希望の芽生えを感じました。その頃、食料や衣料品は十分に支給されていて余っている。一番喜ばれたのは卓上カレンダーだったそうです。日々の希望を感じる予定や出来事を書き込んでいたんじゃないかと思うんです。離れ離れの家族と会える日とかね。仮設住宅に移り住む人が出て落ち着き始めると、ポツポツと希望という言葉も出て来ました。希望のニュアンスってどこか薄暗いイメージがありませんか?挫折から生まれるものなんですよ。

寺岡:言われてみるとそんな気がします。