「逃げ恥」は共感呼ぶが、若者は動かない

女川に新設されたモール型商店街「シーパルピア女川」。地元住民や移住者が起業した店が並ぶ

若者は東北に来るでしょうか?

冨山:地方の若者が東京に行ってしまうことがここ20~30年の地方の衰退の理由。 きつくて休めない農林水産業に魅力を感じず、東京の居心地のいいオフィスでサラリーマンとして働く。でもその流れも行き詰まった。大手の非正規社員の比率も高く、都会に素晴らしい仕事と安定した給料、充実した私生活があるわけじゃない。だから出生率も低い。これがバブル以降の流れ。

 ただ大学進学か就職で東京に行くという流れに疑問があっても、慣性があるから止まらない。例えばドラマの「逃げ恥」(=逃げるは恥だが役に立つ。主人公は派遣切りに遭う)なんかがヒットする。でも共感はするけど慣性に逆らうほどではない。

震災はそんな慣性を止めるためのトリガーになる?

冨山:考え直すきっかけにはなっている。地方が可哀想だから、税金を再分配するという視点が今の地方創生。でも、東京で本当に幸せ感じてる人なんてどれだけいるのか。多くの人は、そこそこ豊かだけど違和感も感じてる。だから、可哀想だから地方へ、ではなくて、東京のリスクや不安の解消と地域問題を結びつけて考えないといけない。

 経営共創基盤は(福島などで交通事業を展開する子会社の)みちのりホールディングスで、しっかり持続的なビジネスをできている。地方に可能性はある。地方の本当の主役は中小を含めた企業体なんだけど、明治から地方は一方通行で東京に人材を出していた。でも、東京にそういう人たちの活躍の場はもはやほとんどない。産業構造が変わったから。大企業で働いている人は全体の2割しかいない。残り8割の人が矜持を持って豊かで充実した職業人生を送れるか、そんな社会モデルを作れるかが問われている。その点で東北は最先端を走っている。

地方の右腕の方が成長する

東京の大企業は地方の見方を変えるべきでしょうか?

冨山:大企業のミッションはグローバル競争に勝つということ。その点と整合する限りにおいて、アスヘノキボウの右腕派遣のような事業に協力すればいい。ただ、私の問題意識はむしろ地方の中小企業のレベルアップと、あるいは大企業に雇用されている質の高い人材を地方に解放すること。東京で歯車になるより、地方の中小企業の右腕をやっている方が絶対に成長する。大会社のサラリーマンが課長、部長をやり、取締役、副社長を経験したって経営者として役に立たない。結局、自分で責任を持って判断する場面がない。

最近、トヨタ自動車や日産自動車の元幹部から同じような悩みを聞くことがありました。昔は何も地盤がない海外で、一から事業を興すような武者修行をすることができた。今は海外子会社に出向しても、日本語が喋れる秘書に囲まれるし、現地社員も「傷をつけずに本社へお返しする」なんて考えるからお客さん扱いになる。

冨山:そういう機会は本当に少なくなりました。大事なのはタフアサイメント(困難な業務課題への任命)で自分を鍛えること。でも大企業の競争は危機感がない。某航空会社の小説じゃないけど、せいぜい責任と言っても左遷させられてナイロビに飛ばされるくらいでしょう。でもそこでハンティングして優雅に生活しているじゃない(笑)。あの時代なら、日本に残った家族はお給料が全額もらえて、亭主元気で留守がいい。旦那は向こうで生活が保証されて、海外危険手当までもらえるんだろうから、逆に金持ちになるわけです。

なるほど(笑)。震災直後、混乱する状況で必要な情報が欠損している中、責任を持って判断ができるかが経営者の能力の本質だと提唱されていましたね。

冨山:情報が十分に備わっている中での判断ならAI(人工知能)にやらせればいい。情報が不足しているから最適かはわからないけど、判断して結果の責任を負う。これが重要。大企業よりは地方の中小の方がそれを養う場がある。責任取るっていってもがせいぜいがナイロビなんだから(笑)。戦後ならみんな体張ってたけど、今はおままごとの出世レース。リアルに生きるか死ぬかの世界は中小にこそある。そういう意味で地方の中小で自分を鍛えたほうがいい。

 ニューヨークに行っても日本語が喋れるサラリーマンのコミュニティーでつるんでいるようではダメですよ。逆説的だけど、地方に行った方がグローバル競争でも通用する。だって海外はそういう世界。海外はジョブセキュリティ(雇用の安定性)がシビアで、ギリギリの中で仕事をするから鍛えられる。経営判断の結果、訴えられるリスクだって高い。日本人ももっとサラリーマン的ではないタフネスを養わないと。午前3時まで飲んでも翌日元気、とかじゃなくてね。本当の力をつけるために地方中小に行け、ということです。