さて、このプーチン大統領による一連の発言から伺えるのは、米国のドナルド・トランプ大統領がその大統領選挙キャンペーン当時から掲げてきた外交・安全保障概念としての「力による平和(Peace Through Strength)」に対する強い対抗意識だ。

 昨年12月からこの2月にかけて、トランプ政権は『国家安全保障戦略(NSS)』、『国家防衛戦略(NDS)』、『核態勢見直し(NPR)』を相次いで発表。「力による平和」を基調として作成されたこれらの戦略文書では、ロシアが中国と並んで米国主導の世界秩序に対する「現状変更勢力(revisionist power)」と明記された。

 今回のプーチン演説は、これら一連の米戦略文書に対する「ロシアも力には力で対抗する」とのロシア版「力による平和」宣言ということができるだろう。

米国だけではなく中国も念頭

 ただし、プーチン大統領はやみくもに米国との対立を望んでいるわけでも、まして冷戦時代のような軍拡競争を仕掛けようと考えているわけでもない。

 その最大の狙いは、冷戦時代には存在したが、ソ連邦の崩壊によって消滅した米国との戦略的均衡状態を取り戻すこと。そのためにも、最新の軍事技術も考慮に入れて、さらに国際情勢の変化を踏まえたグローバルな戦略的安定性の再構築に向けて、新たな軍備管理交渉のテーブルに米国を着かせることである。

 さて、今回のプーチン演説について、軍事技術問題に詳しいロシアの外交安全保障専門家ヴァシリー・カーシン 氏が興味深い指摘を行っている。そこには次の3つの意味が込められているという。

  1. 圧力には屈しないという西側諸国へのシグナル
  2. 新たな軍備管理交渉でのポジション作り
  3. 米中による新型戦略兵器の開発競争に参加するとの宣言

 この中で特に注目すべきは③であろう。カーシンによれば、2010年代に入り、中国と米国の間では既に最新軍事技術の激しい開発競争が始まっており、今回の演説でプーチンが言及したい幾つかの最新軍事技術はまさにそれに当たる。今回の演説により、ロシアもまた、この米中間の競争に参加することを宣言したというのだ。

 さて、このカーシンの解釈を読み、筆者が真っ先に想起したのは、2011年10月、3期目の大統領職への復帰意向を明らかにした直後のプーチン首相(当時)が、ロシア国営テレビ局3社との合同インタビューの中で行った次の発言である。

 「西側のパートナー達は中国の脅威を言い立ててロシアを脅そうとするが、中国の野心は隣接領土の天然資源なんかではなく、グローバルな指導的地位を獲得することである。我々はこれについて中国と争うつもりはない。中国にはこの分野で別の競争相手がいるので、彼らの間で白黒つけさせればよい」

 前出のカーシンはこのプーチン発言の真意を「ロシアの目標は、高まりつつある中国と米国のライバル関係に完全に関与するのを回避しつつ、第三者として利益を得ていくことだ」 と読み解いていた。

 あれから6年の月日が流れたが、プーチン大統領の見立て通り、ここ数年、中国が自ら主導する広域経済圏構想である「一帯一路」構想を掲げ、米国主導の自由主義国際秩序に挑戦する構図が浮かび上がってきている。

 ただし、米オバマ政権時の2014年に勃発したウクライナ危機を契機に、プーチン・ロシアと米国との関係は劇的に悪化してしまった。その結果、中国との関係をこれまで以上に接近させざるを得ない状況が続いている。これは6年前に大統領職に復帰する前にプーチン氏が描いた戦略シナリオとは明らかに異なる展開である。

 以上を踏まえた上で、今回のプーチン大統領による「米中による新型戦略兵器の開発競争への参加宣言」の戦略的含意を考えると、次のようになろう。

 「ここ数年、ロシアは米国と対立し、中国に接近する状況が続いている。だが、ロシアは米国の強大な軍事力の前にひれ伏すつもりがないのはもちろん、米国と世界の指導者の立場を争う中国のジュニアパートナーの地位に甘んじるつもりもない。そのために、米中二極とは一線を画する独立した一極の立場を、特に軍事技術面において維持しつつ、中長期的には米国との関係改善の機会もうかがう」
(本記事の内容な筆者個人の見解であり、所属先とは無関係である)

畔蒜 泰助(あびる・たいすけ)

プロフィール
国際協力銀行モスクワ駐在員事務所 上席駐在員。
1969年生まれ。早稲田大学政経政治卒。モスクワ国立国際関係大学修士課程終了(政治学修士)。民間シンクタンク・東京財団研究員を経て、2017年1月より現職。主著に『「今のロシア」がわかる本』(08.3三笠書房知的生きかた文庫)。また、『プーチンの世界』(2016.12 新潮社)の翻訳監修・解説。

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