須藤:そうかもしれません。どんなビジネスも、「売上」って結局は現場の数字の積み重ねですしね。

 雑誌で言うと、販売収入は配本店舗数、1店舗あたりの配本部数、返品される部数が分かればある程度予想できます。ここに広告収入の額が上乗せされて「売上」が計上される。

 じゃあこの構成要素の数字をひたすらかき集めれば、早い段階でマーケティング施策を打てるようになるんだと。シンプルな話ではありますが、そういう大事なことを当時学んだ気がします。

シバタ:僕は決算分析をする際、各ビジネスの構造を数字で理解することと、徹底的な因数分解でユニットエコノミクス(顧客1人あたりの平均の経済性)を計算することを重視しているのですが、須藤さんはこの「因数分解」の逆をやってこられたんでしょうね。

須藤:ええ。僕は完全に積み上げ型というか、現場の叩き上げタイプ(笑)。

 当時は雑誌の配本戦略一つを取っても、あるコンビニチェーンの店舗が東京都内にだいたい2600店くらいあって、そのうち1500店に3部ずつ配本するほうがいいのか、それとも2600店全部に2部ずつ配本するほうが売上が上がるのか、みたいな課題にたくさん遭遇しました。

 僕の経験則からいくと、リーチを広げたほうが売れる確率が上がるから、「2600店に2部ずつのほうがいい」となるわけですが。

シバタ:そうすると返品のリスクが上がりませんか?

須藤:上がります。でも、リクルートの雑誌ビジネスは広告収入の比率が大きかったので、返品率が多少上がっても売上への影響は少ないんです。

 さらに、リーチを広げるのが大事だと分かってからは、「紙の質をちょっと落としてでも部数を増やしたほうがいいかもしれない」などと考えるようになりました。

 こういう気付きを、仮説検証しながら実証するため、よくテストもしていましたね。

シバタ:例えばどんなテストを?

須藤:売るために表紙のデザインはどうするか? とか。僕は毎回、デザイナーさんと一緒に仮のデザインを出力してみて、コンビニの棚に置いて確認していたんですよ。コンビニの電球はすごく明るいから、会社や家で出力して見るのと全然印象が違いますから。

 それに、雑誌の表紙は棚に並んで初めて機能します。周りの雑誌に比べて押し出しの強い表紙がいいのか、それともシンプルな表紙がいいのか。どのコーナーに置かれるかでも変わってくるんですよね。

シバタ:そうやって、売上に影響する変数を一つ一つ現場で学んでいったわけですか。

重要な数字は「横比較」で見つかる

須藤:さっきの紙のコストのこともそうですし、どういう交通広告を出すか、といったことも考えていました。

 みんな電車の上から吊ってある「中吊り広告」を出そうとするんですけど、ある時、本当に値段に見合う効果があるんだろうか? と考えたんですね。

 そこで、僕は販売期間が長い雑誌を対象に、ドアの横などに額入りでポスターを掲出する「額面広告」を出してみました。額面広告は、中吊りよりも長い掲載期間で枠を買えたというコスト的な利点もあったので。そうしたら、額面広告のほうが雑誌が売れたんですよ。

 中吊りは派手なので、「中吊り広告を出します」と言うと雑誌の広告枠が売りやすくなるんですね。でも、販売収入を増やすには額面のほうが効く。

 部数が売れるとやっぱりみんなハッピーになるので、こういう工夫をするのは面白いな、と思っていました。