80年代後半の原油価格をはじめとするエネルギー価格の低迷で、ソビエト連邦とコメコン体制は経済的に立ち行かなくなり、89年のベルリンの壁崩壊、91年のソ連崩壊に至る。当時も、現在も、サウジの国際石油市場への影響力の根源には、200万BDを超える世界最大の原油生産能力を有し、短期間で増産できることが指摘できる。

 ソ連最後の共産党書記長ゴルバチョフ氏は、評論家の佐藤優氏のソ連崩壊の最大の要因は何かとの問いに、「サウジアラビアと原油価格の動向に無関心であったことだ」と答えたと言う(佐藤優著『新帝国主義の時代 左巻』中央公論新社)。

 また、99年12月のエリツィンからプーチンへの大統領交代の契機となり、モラトリアム寸前まで行った98年8月のロシアの財政危機も、アジア金融危機に伴う10ドル台前半まで暴落した原油価格低迷によるものであった。
 ロシアにとっては、原油価格を維持するため、サウジとともに協調減産を主導し、国際石油市場の需給調整機能を分担することは、石油市場における発言権を確保するとともに、サウジの独走をけん制することであり、国家存立の観点からも、長期的、戦略的に十分に意味のあることであろう。

2018年の展望

 シェール革命による国際石油市場と米国の対中東政策の変化によって、過去には想定できなかったサウジとロシアの協調関係が成立し、強化されつつある。協調関係の強化は、両国にとって、短期的にも、長期的にも、国家の存立にかかわる課題である。年明け早々には、3月に大統領選挙を控えたプーチン大統領がサルマン国王訪露の答礼として、サウジを訪問する。プーチン大統領にとって、過去の記憶は、忘れようもないであろう。

 また、サウジにとって、米国は安全保障上の同盟国であってほしいが、シェール革命によって、石油市場における対立関係は決定的となり、オバマ政権時代の中東不介入政策と相まって、関係再構築を余儀なくされている。国王父子によるトランプ政権(ホワイトハウス)への精力的な働きかけで、ツイッター上ではサウジ外交に対する支持を獲得できているが、国務省、国防総省のレベルでは疑問である。

 年明け早々には、サルマン国王がトランプ大統領の初外遊である17年5月の訪サの答礼として、訪米すると言う。トランプ政権の中東政策は伝統的友好国との関係修復であるから、「政経分離」で進むのかもしれない。

 いずれにせよ、三大産油国による微妙で奇妙な三角関係は続く。