トップシェアでもネスレの攻撃にヒヤリ

 1993年に発売したバーディーは、三現主義で開拓した40万軒ものガソリンスタンドを販路に持つことが強みだ。その強固な販路を生かして、タイの缶コーヒー市場でシェア7割を獲得した。しかし発売から20年間、小幅な改良はあったものの、新たな需要を喚起するような味の改良はなされていなかった。そこを世界最大手のネスレが突いてきたのだ。

 ネスレはエスプレッソ風味の缶コーヒーを発売すると、Birdyは徐々に顧客を奪われた。そこで2014年、味の素はあわててエスプレッソ風味のBirdyを出すなどして巻き返しを図った。こうした対応によって、成果は出始めている。2015年の11~12月の売上高は前年を超えて推移した。

 それでも、現場の危機感は依然として強い。事業環境の変化に合わせた販売体制を整備することも、必要になってきたからだ。

 タイでは最近、スーパーやコンビニエンスストアが台頭してきた。コンビニ大手のセブンイレブンは、9000店に迫る勢いで増えている。スーパーやコンビニでは卸業者を介さない本部商談が中心なので、現物を現金で直販することはほとんどない。外資の小売チェーンとは英語での商談が求められるなど、スタッフは交渉力に加えて語学力も向上させなければならない。つまり、これまでの三現主義が、必ずしも通用しない。

 また、卸業者との付き合いも重要になる。かつては直販で始めた販売も、現在は商品や地域によって、地元の卸に販売を任せるケースも出てきている。今後、卸業者にも淘汰の時代が来るため、有力な卸を見極めていく必要がある。

 消費者向け事業だけではなく、飲食店向けなど業務用調味料事業についても、テコ入れが必要になっている。消費者向けだけでは、2020年度までに2倍という高い目標を達成するのは難しいからだ。そのため、例えば複合調味料の「アジノモトプラス」の出荷量は現在年間5000トンだが、来期には7500トン、2年以内に1万トンという高い目標を掲げた。それを達成するために、3月には外食店など業務用顧客向けの広告を強化し、メニュー提案なども通して、使いやすさをアピールしていく考えだ。

タイでも働き甲斐のある職場作りが課題

 現地スタッフの教育体制や人事制度の改革も、成長を加速させるためには欠かせない。タイ味の素に1969年から勤務して幹部にもなった生え抜き人材で、現在は相談役を務めるタイ人のピーチェン・コースミス氏は、次のように強調する。

 「バンコクでも優秀な人材を採用するのが難しくなっている。数多くの営業先を回ることに我慢できずに転職してしまう人もいる。だから、運転手から営業の担当者に昇格できたり、営業から本社の仕事をできるようにしたりするなど、チャンスを与えてやる気を持てるような制度を築くことが必要だ」

タイ味の素の生え抜き人材で幹部まで務めた、ピーチェン・コースミス相談役。「営業やマーケティングなど職務によって序列なく、チームで成長していく点が味の素の強さ」と話す

 タイ味の素では、三現主義に基づき販売体制を築く中で、業務の負担感の違いからスタッフ間に不満が生まれたり、不正があったりする局面に遭遇してきた。ストライキも経験したが、そのたびに「性弱説」によるマネジメントで乗り越えてきた。

 性弱説とは「人の心は弱いもの」という前提に立って、相手の心情まで察して事前にトラブルを防ぐ仕組みを考えるというものだ。欧米企業でみられる「性悪説」によるドライなマネジメントとは一線を画す。

 ピーチェン氏は、会社の拡大にあわせた組織変更などを社長に提案し、不満の生まれにくい仕組みをつくるように努めてきた。

 「タイ味の素は、営業成績がよくないスタッフに対しても、会社が責任をもってきちんと教育してきた。営業担当のポジションが下で、マーケティング担当が上などといった序列はなく、両者が一体になってチームで戦略を練るのも強みだ。今後もそれを大切にしていってほしい」とピーチェン氏は強調する。

 味の素では今年4月、日本国内だけでなく海外も含む全てのグループ会社で、マネジャー以上の基幹人材に新しい人事制度を導入する。

 欧米のグローバル企業は、事業の環境変化に応じて必要な人材をすばやく登用している。味の素でもこうした観点を取り入れて、必要な職務に応じてグループ内外の人材を迅速に登用できる人事体制を構築していく方針だ。さらに、グループ内の人材を海外の主要法人も含めて、5~10年先の幹部候補としてリストアップし、早期選抜・育成する仕組みも始める。

 新制度の導入とともに、現地スタッフの気質などをうまく把握しながら、どうやってやりがいを感じられる職場にしていくか。人材の獲得と育成において、伝統的な味の素の良さとグローバルスタンダードの人事のあり方を両立させていくことも、味の素が真のグローバル企業となっていくために向き合うべき課題といえる。