コンセプトは「生命感」

 16年4月に開発チームが組織されると、30代を中心に社内から技術者が集められた。まず、決めたのはコンセプトだ。短期間で集中して議論して固めたのが「生命感」というコンセプトだった。

 それから、システムやデザインとしてカタチにしていく作業が始まった。「先代のAIBOが発売されたのは入社前だが、今見ても魅力的。それを超えるものを作りたいという緊張感があった」とメカ設計を手掛けた石橋秀則氏は振り返る。

aiboの耳やひざ、しっぽなどには独自開発のアクチュエーター(駆動部品)を搭載し、生命体としての表現力を高めた(写真:スタジオキャスパー)

 17年度中という目標は、開発が本格化して早々に設定された。この厳しいタイムリミットもさることながら、「生命感」という漠然としたゴールに近付くことは容易ではなかった。「通常のプロジェクトであれば月1回の頻度で起きていたような失敗が毎日起きていた」。ソフトウェア開発を担当した森田拓磨氏は振り返る。

 それでも、現場に悲壮感やあきらめムードが漂うことはなかった。「転んでも止まれない。でも、転ぶのも含めて楽しくて仕方なかった」(森田氏)。そんな開発チームの士気を支えたのは、平井社長をはじめとする経営陣との風通しの良さだ。

 「これ、どうやってお客様に届けるの? まさか箱に入れるだけ、なんてことはないよね」

 16年秋、平井社長は東京・港の本社18階にある開発チームの部屋を訪れてこう話した。プロジェクトの進捗報告は通常、社員が社長室を訪れて行うのだが、矢部氏が現場に招いたことがきっかけで、以来、平井社長は月1、2回のペースで自ら現場に足を運ぶようになっていた。

 当初はがちがちに緊張していた開発チームも、平井社長とやり取りを繰り返すうちに次第に打ち解けていった。前述の平井社長の質問に対し、「箱がダメなら、平井さんが一人一人に手渡ししますか?」といった冗談を返せるまでになった。トップダウンではなく、社長と現場のフラットな関係から飛び出した忌憚のない意見が、「コクーン」と呼ぶ繭を模したケースの考案につながった。

 失敗に寛容だったのは経営陣も同様だ。開発初期の頃、ずらりと並ぶ経営陣を前に行ったデモンストレーションで、試作機のaiboが首を勢いよく左右に振ったところ、耳が取れて飛んで行ってしまったことがある。設計担当者が肝を冷やした瞬間、経営陣はどっと沸いた。「へぇー!こんなに動くんだ」

 既存事業に比べて開発チームの規模が小さく、技術者同士が密にコミュニケーションを取りやすかったことも、新しい技術やアイデアを貪欲に取り入れることを後押しした。商品開発グループの松井直哉統括課長は、「aiboに関しては、あらかじめ決めた完成型に向かって実装していく“ウォーターホール型”ではなく、テストと試作・改善を繰り返す“アジャイル型”という性質が強かった」と言う。通常、デモでは何週間も前から準備して“鉄板”になった試作品を披露するのだが、aiboに関しては、当日初めて成功した技術を見せることもあったという。