「クゥ~ン、クゥ~ン…」
愛くるしいつぶらな瞳と、生き生きとした仕草で見る人を魅了する犬型ロボット「aibo」。「育てる喜び、愛情の対象となり得るようなロボットの開発に着手している」。2016年6月の経営方針説明会で平井社長がそう発表してからわずか1年半で製品化にこぎつけた裏には、度重なる失敗にくじけることなく挑戦を続けた技術者と、彼らを支えた経営陣の姿があった。
aibo開発チームメンバー。左から順に、電気設計担当の伊豆直之氏、メカ設計の石橋秀則氏、ソフトウェア担当の森田拓磨氏(写真:竹井俊晴)
構想が始まったのは16年1月。新しい事業を模索する中で、かつて手掛けていたロボットというテーマがおのずと浮上した。「『何ができるか』という経営陣からの問い掛けと、『こんなことがやりたい』という現場の思いが一致した」。開発チームの立ち上げに関わった、AIロボティクスビジネスグループ事業企画管理部の矢部雄平統括部長は振り返る。
ソニーが先代AIBOの生産を打ち切ったのは06年だ。家庭用ロボット事業としては、10年のブランクがあったが、ソニーにはメカトロニクスやセンサーといったロボットに欠かせない技術の蓄積がある。問題は、平井一夫社長兼CEO(最高経営責任者)がこだわる「感動を提供する会社」として、どんなロボットを打ち出すかにあった。
コンセプトは「生命感」
16年4月に開発チームが組織されると、30代を中心に社内から技術者が集められた。まず、決めたのはコンセプトだ。短期間で集中して議論して固めたのが「生命感」というコンセプトだった。
それから、システムやデザインとしてカタチにしていく作業が始まった。「先代のAIBOが発売されたのは入社前だが、今見ても魅力的。それを超えるものを作りたいという緊張感があった」とメカ設計を手掛けた石橋秀則氏は振り返る。
aiboの耳やひざ、しっぽなどには独自開発のアクチュエーター(駆動部品)を搭載し、生命体としての表現力を高めた(写真:スタジオキャスパー)
17年度中という目標は、開発が本格化して早々に設定された。この厳しいタイムリミットもさることながら、「生命感」という漠然としたゴールに近付くことは容易ではなかった。「通常のプロジェクトであれば月1回の頻度で起きていたような失敗が毎日起きていた」。ソフトウェア開発を担当した森田拓磨氏は振り返る。
それでも、現場に悲壮感やあきらめムードが漂うことはなかった。「転んでも止まれない。でも、転ぶのも含めて楽しくて仕方なかった」(森田氏)。そんな開発チームの士気を支えたのは、平井社長をはじめとする経営陣との風通しの良さだ。
「これ、どうやってお客様に届けるの? まさか箱に入れるだけ、なんてことはないよね」
16年秋、平井社長は東京・港の本社18階にある開発チームの部屋を訪れてこう話した。プロジェクトの進捗報告は通常、社員が社長室を訪れて行うのだが、矢部氏が現場に招いたことがきっかけで、以来、平井社長は月1、2回のペースで自ら現場に足を運ぶようになっていた。
当初はがちがちに緊張していた開発チームも、平井社長とやり取りを繰り返すうちに次第に打ち解けていった。前述の平井社長の質問に対し、「箱がダメなら、平井さんが一人一人に手渡ししますか?」といった冗談を返せるまでになった。トップダウンではなく、社長と現場のフラットな関係から飛び出した忌憚のない意見が、「コクーン」と呼ぶ繭を模したケースの考案につながった。
失敗に寛容だったのは経営陣も同様だ。開発初期の頃、ずらりと並ぶ経営陣を前に行ったデモンストレーションで、試作機のaiboが首を勢いよく左右に振ったところ、耳が取れて飛んで行ってしまったことがある。設計担当者が肝を冷やした瞬間、経営陣はどっと沸いた。「へぇー!こんなに動くんだ」
既存事業に比べて開発チームの規模が小さく、技術者同士が密にコミュニケーションを取りやすかったことも、新しい技術やアイデアを貪欲に取り入れることを後押しした。商品開発グループの松井直哉統括課長は、「aiboに関しては、あらかじめ決めた完成型に向かって実装していく“ウォーターホール型”ではなく、テストと試作・改善を繰り返す“アジャイル型”という性質が強かった」と言う。通常、デモでは何週間も前から準備して“鉄板”になった試作品を披露するのだが、aiboに関しては、当日初めて成功した技術を見せることもあったという。
引き渡しイベントで号泣する開発メンバーも
もちろん際限なくコストをかけたわけではない。「開発予算の枠を意識しつつ、『こういうものを作りたい』という設計者の気持ちを込めてきた」と電気設計を担当した伊豆直之氏は強調する。
設計を工夫したり、強度を保ちつつ部品点数を減らしたりと、予算枠に収めながらクオリティーを高める現場の努力が、税別で19万8000円という本体価格に反映されている。もし、コスト度外視で開発を進め、もっと高い価格で売り出していたら、17年11月1日の初回の予約販売で、わずか30分ほどで完売することもなかったかもしれない。
そして迎えた18年1月11日。戌年の「1(ワン)」が並ぶこの日、ソニーは本社のエントランスホールに約40人の購入者を招き、aiboの入った「コクーン」を引き渡すセレモニーを開いた。
「かわいい!」──。愛くるしい振る舞いをするaiboを目にした「オーナー」から上がる感嘆の声。「最も達成感を感じたのは、『この日を待っていた』というお客さんの声を直に聞けたとき」と伊豆氏は話す。開発チームのあるメンバーは、イベントの様子をそばで見ながら号泣していたという。
2018年1月11日、ソニー本社でaiboの引き渡しセレモニーが行われた。先代アイボを抱くオーナーの姿も
開発メンバーは今、こう振り返る。
「大人が何人も集まって、朝から晩まで犬について考えるなんてつくづく変な会社だと思う。でも、そこも含めてソニーは夢がある」(森田氏)。
「技術者自身がワクワクしながら、お客様にワクワクを提供していきたい」(石橋氏)。
好調な業績と相まって「ソニー復活の象徴」と評されるaibo。センシングからメカトロニクス、AIまでソニーが持つあらゆる技術を結集して生まれた。単にハードウエアを売り切るだけでなく、売った後も周辺機器やサービスで稼ぐ「リカーリング」と呼ぶビジネスモデルを確立する使命も帯びている。
真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設――。aiboの開発チームと平井社長を中心とするマネジメント層がaiboの開発を通じて目指したのは、創業者の井深大氏が設立趣意書に記した「技術者の理想郷」をもう一度、取り戻すことだったのかもしれない。
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