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おカネよりも社会貢献が重要だという風潮も

 では、こうした経営者のキャリアパスや働き方も欧米型に変わったのか、というとそうではない。欧米のCEOは業績が悪ければすぐにクビになる。取締役も成果を上げられなければ席はなくなる。高い報酬はそうしたリスクへの対価とみることもできる。

 ところが、日本の経営者は報酬が低い代わり、よほどのことがない限り、途中でクビになることはない。終身雇用が前提のサラリーマンとして会社に入り、役員となることで定年後も会社に残ることができた人がほとんどだ。身分保障があって突然失業するリスクがないのだから、報酬が低くても仕方がないとも言える。

 そういう意味では、最近のサラリーマン社長が数億円の年俸を得るようになったのは「いいとこ取り」とも言える。しかも、デフレに苦しんだ日本企業を立て直して、高額報酬をもらっている経営者たちの多くは、リストラによって人員削減をした結果、業績を回復させた。高額報酬を得る代償に、多くの人たちの涙があったとみることもできる。それでも業績を回復させたのだから、高額報酬を得るのは当然だと言い切れるのかどうか。

 もちろん、高い報酬をもらわずに働くのが日本人の美徳だなどと情緒的なことを言うつもりはない。今後、日本企業の報酬体系や雇用の仕組みは、どんどん欧米型になっていくだろう。国境を越えて人が動き回り、企業も世界中から優秀な人材を集めるようになると、人事制度や報酬がグローバル水準にサヤ寄せされていくのは当然のことだ。とくにグローバルな競争にさらされる分野の企業や組織では、グローバル水準の報酬を支払うのが当然になるだろう。

 それに伴って終身雇用や年功序列賃金という「日本型」と言われてきた仕組みは大きく崩れていくに違いない。実際、今年の国会で成立した「働き方改革関連法」では、時間によらない報酬体系を認める「高度プロフェッショナル制度」が導入された。これは日本型雇用制度に風穴を開けることになるに違いない。

 日本型の雇用制度は、悪いところばかりではなかった。だが、経済成長が止まり、デフレが企業を襲った中で、年功序列の人事制度が、企業の成長を阻害する要素になってしまった。日本企業が成長の壁にぶつかり、それを突き破るにはグローバル水準の仕組みに変わらざるを得なくなった、ということだろう。

 それでも、日本の会社や組織のすべてがグローバルな仕組みに変わる必要があるのかといえば、そうではないのではないだろうか。企業によっては終身雇用を続け、定年もなく、生涯働ける仕組みを取り続けてもよいのではないか。世界をみても欧州では生涯1つの会社で働くという人たちもたくさんいる。

 多額の報酬を払わなければ優秀な人材が来ない、というのは、グローバルに競争する企業や組織には当てはまるが、そうした日々競争を求められる働き方は嫌だ、という人たちもいる。安月給でも自分のやりたいことをしたいという人はいるのだ。

 学生や社会に出たての若者と話していると、最近は「やりがい」や「社会のため」に働きたいという声を多く聞く。おカネよりも社会貢献が重要だと言うのは最近の風潮で、世の中全体が「食うに困る」ことがなくなったことが要因のひとつのように思う。まさに、衣食足りて礼節を知る、ということだろう。

 雇用制度や報酬体系がひとつである必要はない。労働基準法という単独の法律でグローバル企業から町の商店までを縛ろうとするから無理がくる。労働基準法Aと労働基準法Bがあって、どちらを採用するか企業が決め、それを働く側が選択する。ガリガリのグローバル基準で働き高い報酬を得るのか、報酬は低くてもやりがいのある仕事をするのか。それこそまさに多様な働き方ではないだろうか。