目の前の仕事は投げ出せない

 労災申請件数をみると、精神を病んだケースが多いのは、福祉や介護の業界。これに医療、運輸、情報通信業と続く。人手不足から長時間労働が避けられなくなっている業種が目立つ。介護などは人手が足りないからといってサービスを打ち切ることは難しい。結局、現場で働いている社員にしわ寄せが来るわけだ。

 過労死したり精神を病む前に会社を辞めればよいではないか、という人がいるかもしれないが、責任感が強い人ほど目の前の仕事を投げ出すことができず、長時間労働から逃げられずにいるのだ。

「働かされている」と、ストレスが強くなる

 1カ月平均の残業時間と申請件数には明らかな相関関係がある。100時間を超えると精神を病んでしまう人が急増し、自殺者も増えるのだ。2015年度に過労自殺で労災申請した93人のうち、55人が平均残業時間100時間以上となっている。

 一方で、平均残業時間40時間未満でも精神を病む人は少なくない。とくに女性の申請が目立つ。もともと、女性の方が残業を嫌う人たちが多く、いわば不本意な残業を強いられるとストレスが大きくなるのだろう。

 長時間労働の場合、社員が自らの意思で働いている場合と、不本意に「働かされている」場合のストレスの大きさはまったく違う。男性の方が日本の伝統的な「働き方」に染まっており、受け入れている傾向が強い一方で、女性はそうした日本型の「働き方」の中で大きなストレスを受けていると見てよさそうだ。

「男中心社会」からの脱却が必要だ

 安倍晋三内閣は「働き方改革」を政策の柱に掲げている。「働き方改革実現会議」を設置して、長時間労働の是正に取り組もうとしている。もともと安倍首相は「女性活躍促進」に熱心に取り組んできた。しかも、それまでの男女共同参画などが社会政策として打ち出される傾向が強かったものを、経済政策として打ち出し、アベノミクスの一環として位置付けた。

 第2次安倍内閣の成立以降、雇用者数は増加を続けているが、人口が減少する中で増えた働き手の多くは「女性」だった。当初はパートなどの非正規雇用での増加が目立ったが、このところの人手不足で正規雇用の増加も続いている。つまり、女性が正社員として働くケースが増えているのだ。そうした中で、今までのような「男中心社会」の働き方はもたなくなるのは確実だ。

企業は正社員の雇用へシフトする

 「働き方改革実現会議」は12月20日に年内最後の会合を開く予定だが、そこでは「同一労働同一賃金」の指針が示されることになっている。非正規雇用と正規雇用の間の不合理な賃金格差を禁止することで、非正規雇用で働く人たちの待遇を改善していくというのが政府の狙いだ。

 だが、結果として正規と非正規の賃金格差が小さくなった場合、企業は残業や人事異動がやりやすい正社員の雇用へとシフトしていくに違いない。安倍内閣が進めてきた最低賃金の引き上げや人手不足によって、パートやアルバイトの時給が大幅に上がっており、むしろ正社員として人材を確保したいという経営者が増えている。つまり、今後は「正社員」の働き方が大きな問題になっていくと考えられる。

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