そうした中で、日本企業がもっぱら取るのが「一律カット」だ。経費の一律カットから始まり、残業手当の一律カット、ボーナスの一律カット、そして賃金の一律カットへと進んでいく。終身雇用が前提だった時代、社員にとっても、会社に潰れられてはおしまいだから、カットを受け入れる。そのうち会社が立ち直ればカットは元に戻る。もちろん、事業が縮小すれば仕事がなくなるので、「社内失業」状態になる人も出て来る。それでも皆が耐え忍ぶ。「日本型ワークシェアリング」とでも言おうか。

 労働組合も社員全体の待遇を会社と交渉する立場上、「雇用を守る」ことが最優先事項で、待遇の見直しとなれば、「一律カット」でなければかえって困る。ということで、労使ともに、「リストラよりも一律カット」で難局を乗り切ろうとすることになるわけだ。

「リストラよりも一律カット」は正しいか

 だが、企業が破たんの危機に直面した時、本当に「リストラよりも一律カット」が正しい経営手法なのだろうか。やる気のある人のモチベーションを削いでは、経営再建はままならない。仕事が集中してむしろ忙しくなっている優秀な人たちが、「一律カット」によってモチベーションを失えば、会社自体に愛想をつかして、他社に転職していくきっかけになりかねない。東芝社内でも優秀な若手ほど転職に動き始めていると言われるが、「緊急対策」がむしろ人材流出の引き金を引くことにもなりかねないのだ。こうした優秀な人材を失えば、会社が復活する道は絶える。

 筆者が欧州に駐在していた2002年頃、ITバブルが崩壊して企業業績が大幅に悪化した。当時、スイスやドイツの金融機関は軒並みリストラに乗り出し、中には全従業員の2割を削減した銀行もあった。

 その時、取材したリストラされたスイスの銀行の行員の話に驚いた記憶がある。退職に伴って通常よりも割り増しの退職金を得たこと、上司に「景気がよくなったら、戻って来たまた一緒に働いてくれ」と言われたことを、あっけらかんと語っていた。しばらく休養したうえで、別の仕事に就くと言っていた。驚くほど悲壮感はなかった。結局、彼は3カ月ほどして別の仕事に就いた。スイスの失業率は低く、仕事を探すのに苦労はなかったのだ。

「新天地で活躍する幸せ」もあり得る

 いま、日本では「人手不足」が深刻化している。3月31日に総務省が発表した2月の完全失業率は2.8%と、遂に3%を割り込んだ。世界的にみれば、3%でも完全雇用の状態だが、それが2%台に突入したのである。そんな中で、経営危機に直面した企業が「雇用を守る」ことを第一に考えるのは正しいのだろうか。生産性の低いところに、貴重な人材を抱え込んでいると言えないだろうか。

 大企業が抱える相対的に優秀な人材が、リストラによって「労働市場」に供給されれば、人手不足に悩む企業にとっては大きな助けになるはずだ。社員にとっても、「雇用を守る」という大義名分の下、「一律カット」でどんどん待遇が悪くなっていくよりも、自分の力を生かせる新天地で活躍する方が幸せと言えるかもしれない。

旧山一証券の社員が外資系企業を活性化させた

 かつて、山一証券が自主廃業した時、山一社員の失業が大きな社会問題になるかに見えたが、実際には他の証券会社や金融機関に吸収されていった。優秀な人材が労働市場に出てきたことで、当時、日本市場への進出を狙っていた外資系企業などにとって、人材確保の大きなチャンスになった。その後、日本で外資系証券会社のシェアが大きくなったのも、山一証券の破綻なくしては起こり得なかったと言えるのではないか。

 しかも山一証券の社員は優秀な人が多く、その後、新しい金融サービスなどで活躍した人も多い。何せ、社員が悪かったわけではなく、経営が悪かっただけなのだから。これは、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行などのケースでも同じだった。

 日本を代表する老舗企業である東芝の経営危機は、これまで「当たり前」と思ってきた日本企業の雇用慣行や労働市場のあり方を考え直すチャンスである。