予備校の「裏メニュー」にすがる悲しい大学
「たくさん来ます。入学試験を作ってほしいという依頼が」
日経ビジネス2月20日号の特集「
行きたい大学がない」では、大学という組織の弱体化が、想像を超えるペースで進んでいることを浮き彫りにした。その証左として、大学の授業など「本業」ともいえる業務まで受験産業にアウトソーシングしている実態が明らかになった。極端な例としては、入試問題の作成まで外部委託するケースがある。国からの予算が減らされるなど、大学の経営が厳しさを増す中で、試験問題を独自に作る人材さえもが、不足しているのだ。将来の日本を背負う若者の教育を、「空洞化」が進む大学に任せることに不安を感じざるを得ない。
大学の中には、入試問題の作成まで外部委託するケースがある(写真は本文とは関係ありません:Photoshot/アフロ)
ある有力予備校担当者の告白
「来ますよ。毎年たくさん来ます。入学試験を作ってくれないか、という依頼が」
ある有力予備校の担当者は、うんざりとした表情でこう告白する。この予備校は大学の業務の外部委託を引き受けてはいるが、入試問題の作成は、受けないことにしており、大学側にもそう伝えている。それでも毎年大学から依頼が来るという。
問題の作成が難しいなら、大学が作成した問題の事前チェックをお願いできないか、と頼まれる場合もあるが、それも事前に入学試験の問題を見てしまうことには変わりない。同予備校は「問題が漏えいした場合のリスクが大きすぎる」として断っている。「先日は『問題を10問作ってほしい。そこからこちらが勝手に3問選ぶ。それなら事前に知る確率も減るでしょ』と粘られたが、それでも断った」(担当者)。
問題作成を請け負っていることを明言している企業もある。著名な予備校講師だった古藤晃氏が設立した古藤事務所だ。同社のホームページには「おかげさまで、毎年受注数は増え続け、2015年度には、サンプル問題作成24大学159本のご依頼を受けました」と明記してある。古藤氏によると、「入試回数の増加を背景に、毎年依頼される数は増えている」という。
大手予備校も作成をしているところがあるが「大学向けの裏メニューだ」(受験産業大手のある幹部)として、その存在を公にすることはほとんどない。高校生に教えたり、模擬試験を実施したりする受験産業として、問題の流出など機密性に疑問をもたれ、いらぬ嫌疑をかけられたくはないからだ。
先ほどの古藤事務所は、2016年2月に明光義塾などで知られる明光ネットワークジャパン(明光)の傘下になった。高校生への指導を行う企業の傘下入りで問題が生じないのだろうか。それについて古藤氏は、日経ビジネスの取材に答えて、「明光の人を古藤事務所に派遣せず、問題の情報のやり取りは一切しない約束で傘下入りした。独立資本でやっていたときと体制は変わらない」と述べた。
なぜ大学が任せてしまうのか
いずれにしても、問題作成の依頼は、一般には知られていないが、大学関係者間では当たり前といった雰囲気さえある。文部科学省も「問題作成を外部委託している大学があるのは承知している」(高等教育企画課)とその存在を認識しているが、強い指導を行うこともなく半ば黙認している状況だ。
どんな人材を大学に入れて育てるのかを左右する「魂」とも言える入試問題を、どうして大学は外部へ作成依頼するのか。ある私立大学の入試責任者は、「大学に金がないことが根本的な原因だ」と話す。
少子化が進む中で、大学が増え続け経営が厳しくなっていることに加え、国からの補助金も減っている。大学経営が厳しくなる中、大学教授が退職しても新たな常勤の教員は補充しないといった手段で、教員数を削減する動きが広がる。結果として、正しく高校の学習内容の範囲で問題を作れる教員がいなくなった。いたとしても少数であるため、「推薦やAO入試など、多様な入学方式を自分たちが作ったがために、試験の種類が数倍に膨れ上がり、自分たちで作成できなくなった」(予備校関係者)面もある。
では大学は、入試の種類を減らして単純化するのが合理的なのではないか。しかし、それは難しいという。「大学は定員割れすると、4年間欠員分の収入が入ってこない。大幅な定員割れを避けるために、一般入試前に一定数を合格させて“基礎票”を固める必要がある」のだ。「受験料も貴重な収入源で手離せない」という事情もある。大学は自縄自縛の状態に陥ってしまっている。
授業など多様な業務も委託も進む
大学が受験産業へアウトソーシングしているのは入試関連業務だけではない。中核業務である「授業」の関連でも、外部委託が拡大している。
ベネッセコーポレーションや河合塾グループのKEIアドバンス、代々木ゼミナールの高宮学園、駿台予備学校の駿河台学園などの著名な受験産業大手が、受け皿になっている。例えば、AOや推薦で合格した高校生は、一般入試の学生よりも、基礎学力が低い場合もあり、入学前に学力を補う補習授業を提供することもある。大学1年生が授業についていけるように補習授業を担う例や、「大学教員に対して、効果的な教え方を伝授するサービスもある」(河合塾グループのKEIアドバンス)。
最近では一部の授業だけでなく、学部のあり方全体もコンサルティングする例も出てきている。例えば教育産業大手が、私立大学が新設する国際学部についてプログラム内容や留学先の選定などで全面協力する例もある。
関係者によると、大学の業務委託は、規制緩和の流れの中で、1990年代以降増えた。ただ10年ほど前にも、過剰なアウトソーシングが問題視されたことがあった。このため、文部科学省は2007年に大学設置基準を改正。「大学が授業科目を自ら開設する」などと明確にして、いわゆる「丸投げ」を禁じた。最近の多様な業務の受託について、ベネッセの担当者に聞くと「あくまで大学が判断し、その指示のもとに提供しているもの。大学による丸投げではない」と反論する。
2000年代頃、多くの企業がコスト削減、本業集中の掛け声の中で、IT(情報技術)部門の業務をアウトソーシングした。もちろん、うまく業務を効率化できた企業もあるが、時間の経過とともに自社の業務内容を横断的に理解する社員が減り、支障をきたす例も頻出した。
まして大学は、教育・学問という効率性だけで処理するべきではない任務を担っている。コストや時間の節約を優先して、安易にアウトソーシングを続けていくと、「大学」といえるような中身が伴わない、空虚な存在になってしまう。そのときは、本当に学生や親から見捨てられることにもなりかねない。
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