日経ビジネス2月20日号の特集「行きたい大学がない」では、大きな壁にぶつかっている大学経営と産学連携の現状を掘り下げた。酒類・飲料大手のアサヒグループホールディングス元副社長という経験を生かし、産業界で活躍できる人材を組織的に育成しようと、奮闘しているのが東京理科大学の本山和夫理事長だ。物流や財務、M&A(合併・買収)に明るくビール業界では名の通った経営幹部だった。同大学出身であり、学生時代は柔道部で活躍した本山氏に、大学経営の課題と改革への意気込みを聞いた。
本山さんは、産業界の経営の第一線で長く働き、海外の企業買収など「修羅場」も多く経験しています。そのようなご経験から、大学経営のあり方については、どのような問題意識を持っていますか。
本山和夫(もとやま・かずお)さん
1950年、東京都生まれ。1972年、東京理科大学理工学部を卒業、アサヒビール(現アサヒグループホールディングス)入社。物流システム本部長など物流やIT(情報通信)の要職を歴任し、2003年執行役員・戦略企画本部長、2010年副社長、2013年アサヒ飲料社長。2015年3月にアサヒ飲料社長を退任、同年9月から東京理科大学理事長。(写真:竹井 俊晴)
私自身は企業、大学ともに、自分たちの団体をより良いものにしていこうという理念や考え方は共通していると思います。課題解決なり、価値向上なりというというところでは、企業でも大学でも普遍的なものはありますよね。それを達成するためにどのようにPDCA(計画・実行・評価・改善)を回していくか、組織や人的資産をどのように活用するかという意味では、重要な部分は一緒だと考えています。
大学に関しては教員は研究と教育、事務方が経営を担うという役割分担がある。先生方は教学の面で、素晴らしい人材を育てたり、より優れた研究成果を追求する。それは大学の価値を高めることになる。一方、私のように理事長をはじめとする理事会はどのように経営を安定させて、教育研究費を確保するか、どのようにお金を回していくかを考えるのが基本です。それもまた、大学の価値を高めるためには欠かせないですよね。
ただ、これまでの大学においては、教学を担う部分において評価の「物差し」が不明瞭なところがあったのも確かです。理事会においても、どのようなマネジメントをやっていくかという面で課題はありましたね。私自身は2015年の秋に理事長に就任しましたが、物差しをしっかり作って、PDCAを回せるようにならないといけないという問題意識は強かったですね。
東京理科大は学生もきちんと集まるし、教育環境も整っていて就職率も学生3000人以上の大学ではトップクラス。この先も50年、60年とそんな大学であり続けていくために何が必要か。資金面では、授業料収入だけに頼ることなく、企業との結びつきで外部資金を獲得していく。ではそのために、どのような研究が大学の価値を高めていくか。それを見極めて、優先順位をつけて予算を配分するのが法人と学校側のバランスだと考えています。
大学と企業の結びつき、色々な可能性はある
そうした問題意識を基に、理事長に就任されて以降の経営改革を進めてきたのですね。
教学のトップは学長ですから、学長室をはじめとして膝詰めで喧々諤々の議論は常にしていますよ。2016年春から動かしている経営計画にはお話ししたような考え方を散りばめていますが、最も重要なのはきちんと予算を策定して、徹底してPDCAを回していくこと。加えて、経営の土台になるキャッシュを積み上げる意識を持つこと。少しずつですが、事務方の意識も変わってきているし、理事会のマネジメントもより上手くできるようにはなってきていると思います。
外部資金の獲得や産学連携は、現状多くの大学が直面している課題です。本山さんはこの点についてどのように考えておられますか。
まず、大学と企業の結びつきという意味では、色々な可能性はあると思います。ただ、具体的にすぐ大きなお金を生めるかというと、現状では難しいですね。例えば、私が前職で人脈があった会社に行って、「こういう研究があるので御社のこの事業と関連させて何かできませんか」と言ったって難しいでしょう。やはり、先生方が独自の研究成果を持って、それを企業との関係をしっかり構築する中で提案していくことが重要です。
企業側も、自分たちのコアコンピタンス(中核となる強み)はよく理解していても、そこからズレた部分については、先生方が提案する研究成果に飛びつきにくいんですね。逆に大学側にしてみれば、企業が考えている的をかすめられるような、よい提案がどれくらいできるかが課題になっている。企業と大学の間を埋めて、つながりをどれだけ生み出せるかが成否に関わります。
大学と企業の関係で言えば、それを少しずつ積み上げてつながりを「面」にしていくしかないと思いますね。大学も企業も黙っていたままでは分からないから、接点を作るための仕掛けや環境を整えていくことは重要です。ここについては、大学側がしっかりサポートをしていくべきところです。
東京理科大が進める環境整備では、米マサチューセッツ工科大学と連携した起業家育成システムのプログラム「MIT-REAP」や、2016年12月にオープンした「起業推進センター(TEIC)」が注目されます。どんな狙いですか。
まず、前提として東京理科大学の成り立ちと理念ということについてお話ししておきます。前身の「東京物理学講習所」として1881年に創立されて以来、建学の精神を「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」としてきたのが我々の大学です。理科教育、数学教育の教員を養成する理学部中心の大学だったのですが、1960年代になると工学部や薬学部ができ、日本の高度成長を支える人材を供給するという使命を持ってきました。その後、1990年代に入ると、「研究の理科大」として、技術者と共に研究者の養成に力を入れてきたという歴史がありました。
そして現在、安倍政権も掲げているように、アントレプレナー(起業家)をどのように育てていくかは国の大きなテーマになっています。その潮流のなかで、改めて東京理科大の役割を捉え直す必要があるというのが今回の取り組みの背景にあります。広く世の中の、アントレプレナーを志向する人々を教育する、サポートすることで産業の活性化に貢献するということですね。これは、必ずしも起業をする人間だけを育てるわけではなく、我々の教育を受けた人が大企業に就職したとしても、科学技術者として仕事をする上で、厚みが出てくると思うんですね。
産学連携という観点で言えば、アントレプレナーの育成、ベンチャー企業への出資などを通じて、従来からの企業との結びつきがさらに活用できることにもつながるでしょう。工学部、経営学部での教育の下地に加えて、起業家がどんどん生まれて企業と結びつくことで、大学と企業との結びつきもより深くなるのではないかと考えています。
大企業もかつてベンチャーだった
まさに、大学と企業がどのように結びつくかという観点が重要になってきますね。
(大学の研究成果を特許化し、企業へ技術移転する)TLO(技術移転機関)はこれまでも注力してきたのですが、シーズ(種)があっても、企業はそれを買ってどのようなビジネスにしていくかが分からないから上手くいかなかったんですね。今度はTLOで培われたシーズにビジネスモデルを付加しながらどのように外に売っていくか、それをTEICのサポートなどを通じて推進していくことが重要になります。
MIT-REAPやTEIC以外にも、東京理科大に関わっている研究者に出資するための会社「東京理科大学インベストメント・マネジメント」が2014年に設立されました。有望なベンチャーには我々が出資しながら、経営指導や技術指導も行なっていきます。
日本の産業の歴史を振り返れば、(アサヒグループホールディングス傘下のウイスキー大手)ニッカウヰスキーだってそうですが、多くの大企業や有力企業も、もともとはベンチャー企業なんですよ。今は多くの若者が大手企業に就職できる環境にはなっていますが、日本人にアントレプレナーシップ(起業家精神)が本質的に低いわけでは決してないと思います。意識改革を含めて、教育の環境を整えていくことがまずはスタートなのだと考えています。
起業家の支援について、これから東京理科大としてどのような役割を担っていきたいと考えていますか。
まだ規模は小さいですが、今やっとスタートラインに立ったところだと思います。東京理科大が中心となって、当面は東京理科大の関係者にどのような価値を提供できるかを考えていかなくてはなりませんが、将来的には様々なところからの資金も集めつつ、外部にも開放していくことは考えています。起業についての多くの知見があり、アジア各国の若者たちが学べるようなアントレプレナーの中心的な拠点になっていってほしいという気持ちですね。
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