最大の草刈り場は東京電力管内ーー。
4月からの電力小売りの全面自由化で、最も顧客が奪われる可能性が高いのが首都圏だ。
大手電力管内で人口が最大の上に増えており、かつ電力使用量の多い顧客が多い。電力会社にとっては最もおいしい市場だ。
大半の新規参入事業者が首都圏での営業を強化している。実際、2月26日までの電力契約の切り替え申し込みは、東電管内が18万6400件と全国の約7割を占めている。
攻勢にさらされる東電は、どのように反転攻勢に出るのか。同社は関東や中部などの域外で大幅な値引きを設定し、顧客獲得を目指す。また2017年4月からのガス小売りの全面自由化で、ガスの顧客を奪う考えだ。
ただ、ガス自由化については制度の詳細が決まっておらず、新規参入である東電はシステム開発などの準備で焦りを募らせている。
日本のエネルギー市場は東電の動きによって大きく変わる。電力・ガス自由化にどのような戦略で臨むのか。小売り事業部門を担う東京電力カスタマーサービス・カンパニー・バイスプレジデントの大亀薫執行役員に聞いた。
他社が様々な料金メニューを出しています。どのような印象を持っていますか。
大亀:いろんな顔ぶれがあり、サービスの中身は想定の範囲です。東京ガスさんは最初に出されて、2回目も出しました。先行予約期間の短期間のうちに変えて、ずいぶん思い切ったことをしたという印象を持っています。
消費者としてはできるだけ料金を下げてもらいたいのですが、企業としては、いかに利益を出すかという点が重要です。他社の料金メニューの採算性をどう見ていますか。
大亀:その方々のコスト原価の中身は分かりませんが、あのレベルだとすると、先ほど申し上げた「思い切ったことをされたな」という印象です。
我々は戦略的にはやりづらいところがあります。他のプレーヤーの方は、まず私たちの価格などのポジションを見ると思います。今はいろいろな競合社の分析をしているところです。
東電の広瀬直己社長は料金メニューの追加値下げの可能性に言及しています。
大亀:自由化の世界ですから、相手の動きや市場の状況、自分たちのことを踏まえて、常に柔軟に対応していく。いつでもすぐに動けるように、分析をしています。
主な電力会社の料金メニュー (首都圏向け)
首都圏は草刈り場に。東京電力に対抗し、東京ガスやJXエネルギーなどの値引き率が高くなっている
注:2月25日時点。各社の料金は東京電力「従量電灯B」と比べた増減率。 燃料費調整額や再生可能エネルギー発電促進賦課金を除く。 赤字は区分別の最安値
「2割(の顧客)が獲られることもあり得る」
首都圏で東電が奪われる世帯数はどれくらいを想定していますか。
大亀:2016年度すぐにということではなく、将来的に他社が電源計画を作っていくということならば、2割が獲られることもあり得るということを僕たちは念頭に置かなければならないと思っています。
他社が首都圏向けの発電所をどれくらいの作るかということに寄る訳ですね。
大亀:直近でも新しい事業者が電源を運開しています。来年度も運開する動きがあります。電源を運開すると、我々から契約を獲っていくのは仕方がない面があります。
我々は獲られないように努力しますが、失注する可能性が高い。他社が採算度外視なら、運開した分は獲られることになってしまいます。
そうなると売り上げと利益が減ることになり、じり貧になって福島への責任も果たせなくなってしまいます。
そうならないように、2つの方向性があります。1つは、これまでは関東地区の電気の会社でしたが、全国の電気の会社になることです。
もう1つは、来年から始めるガスの小売りを中心とした新サービスなど電気以外の新しい分野で、売り上げと利益を拡大していく。
この2つの軸で、関東でとられた分を賄っていき、今より大きくなればそれにこしたことはないと考えています。
1月7日に東京電力は新料金メニューを発表した。小早川智明常務執行役はガス小売りの参入すること何度も強調した
「1年のラグは我々に非常に不利だ」
ただ2017年4月に始まる家庭向けのガス小売りについてはまだ自由化の詳細が決まっていません。
大亀:制度設計が進まないと我々としては困ってしまいます。あと1年くらいで始まりますが、決まらないとシステム開発とかが進まないんですよ。あと1年というのは、システム開発だとぜんぜん短くて、困っちゃってます。
極端な話、制度設計が2016年夏になると、2017年4月に我々が参入するのは絶対に間に合わない。「東電さん、4月から参入してください」と言われても、できないですから。
東京ガスさんは自分のところですから万全の体制で、遅れても構わないでしょうが、新しく参入する方は(制度設計が)決まらないとダメになっちゃうかもしれません。
ガス小売りについて、設備投資はどれくらいかかるのでしょうか。
大亀:ご存知の通り、東京電力は日本一のガス輸入会社で、ある程度のインフラはあります。全くの新規参入者に比べると有利です。ただもう少し整備しないといけないところはあります。
ガス会社は今年4月から2年のセット割で顧客を獲得しています。来年4月のガス自由化の際にはその縛りが生きて、顧客を囲い込むという戦略が透けて見えます。
大亀:我々からすると、「それはないでしょう」ということです。ガス会社はセット割の原資はガスの方からではなく、電気からと言うでしょう。
しかし、法律的に電気とガスとのセット割ができるのは、(来年4月までは)都市ガス会社だけです。都市ガスとのセット販売ができるのは規制に守られるガス会社しかできませんので、そのセット販売は反則じゃないかと思っています。
欧州では電気とガスの自由化は必ず、同じ時期に始めています。そういう意味で、この1年のラグは私たちにとって非常に不利だと思っています。
「マス広告はなかなか打てないので不利」
1月7日に新料金メニューを発表しました。顧客の反応はいかがでしょうか。
大亀:電力広域的運営推進機関の発表を見ると、関東と関西でスイッチングが起きているようです。ただ、まだまだ様子見のお客様が多いのではないでしょうか。我々の件数は申し上げられないのですが、まずは認知度の向上から始めて、(スイッチングが増えるのは)時間がかかるのではないかと見ています。
どんな問い合わせの内容が多いですか。
大亀:1月7日に発表してから、多くの問い合わせが来ています。いろんな内容がありますが、東京電力の経験を信頼してくれている声が思ったより多い状況です。
「他社の方が安いんですけどどうですか」という声もありますが、ポイントやアライアンスとの商材をこれからも考えていきたいと思っています。
ウェブ対応や電話対応などで我々の新しいメニューを選んでいただける方もいます。お話をしたうえで、今までのメニューにする方もいます。
関西圏向けの主な電力メニュー
関西圏で東京電力は大幅に値引きし、攻勢をかけている
注:2月25日時点。大阪ガスと東京電力、ケイ・オプティコム、ジュピターテレコムの最低料金は基本料金。各社の単価は、関西電力の従量電灯Aと比べた場合の増減率。赤字は区分別の最安値
関西、中部地方では、割引率の高い料金メニューを発表しています。何か反応はありますか。
大亀:首都圏に比べば数は少ないのですが、カスタマーセンターには域外からの入電も入っています。向うでは我々は新規参入者ですが、それなりに注目されています。
私たちは直接メディアでPRをしないというか、できないといいますか、難しい立場にいます。マスの方々に対して(PRできないので)不利なんですね。
そういう中では域外に行くときに、地元の電力会社に対して知名度がある訳ではないので、(いろいろな企業と)アライアンスを組ませてもらったりして一定の手ごたえはあります。
マス広告は打てないのですね。
大亀:そうですね。やはり福島第一原子力発電所の事故の関係がありますので、なかなか打ちづらい状況です。いろいろなご意見の方がいらっしゃいますので。打っていけなくはないと思いますが、なかなか打ちづらいところは正直あります。
2012年に電気料金を上げさせていただいた時に「省エネです」「安全です」というマスのPRはできるが、オール電化など商売は一切ダメですというか、事故を起こした我々の立場として、商売の形としてのマスのお金を使うことに対して、いろいろなご意見の方がいらっしゃいます。
絶対できない訳ではありませんが、我々の経営判断で打っていません。
当面は打つ考えはないということですね。
大亀:当面はどこまでか分かりませんが、現段階では打つつもりはありません。
昔は有名女優を使った広告宣伝などが印象に残っています。
大亀:東日本大震災がなければ、そのような状況になっていたと思います。
「高浜原発が動くのを念頭に価格を設定した」
関西での値付けはどのような戦略で決めましたか。
大亀:既に高浜原子力が動き始めました。春から関西(電力)さんが値下げする可能性がかなりあります。高浜3号が動き出すのが分かっていましたから、それを念頭に置いた価格設定にしています。
関西での電源の手当てはどう考えていますか。
大亀:どことは言えませんが、西日本エリアに自家発電を含めた調達を確保しています。
既に高圧向けサービスをやってますので、電源調達は今に始まったことではありません。そこから家庭に向けていきますし、短期的には取引所も活用します。
もうだいたい手当はできているということですか。
大亀:どれだけ売れるかというところもあるじゃないですか。どっちが先かというのは難しいところがありますので、そこは見ながらやっていきます。
販売と調達の違いが生じる場合は、取引所を活用するなど柔軟にやっていきたいと思います。
どのような新規の顧客獲得の計画を持っていますか。
大亀:新料金メニューによって域内外で100万件です。そのうち域外で20万件です。
小売り事業部門を担う東京電力カスタマーサービス・カンパニー・バイスプレジデントの大亀薫執行役員
「スマート契約で電気料金を安くできる」
今回の新料金メニューの中ではスマート契約が特徴でした。導入の狙いはいかがでしょうか。
大亀:スマートメーターを全家庭に導入していくことが決まり、30分ごとの電気の使用が分かるようになっていきます。全数が着くのは何年かかかりますが、遠くない将来には、お客様も(電気の使い方を)考えるようになると思っています。
それを先取りする形で、スマート契約を導入しました。スマート契約を導入しますと、省エネやエネルギーのマネジメントに興味がある方々は、うまく使って電気料金を安くすることができるようになる。
今までだと、基本料金が固定ですが、今後はここで自分で工夫できて電気料金を落とせる。環境・省エネについても自分で考えてコントロールできる。そこの先駆けメニューとして導入しました。
提携したソフトバンクは東電から学ぶことが多いと言っています。逆に東電はソフトバンクから学ぶことはありますか。
大亀:ソフトバンクとは、関西、中部地区など域外の家庭向けにどうやって売っていくかを考えていくために提携しました。
携帯であれだけやられて、ショップも多いですから、販売力、現場力にはかなりすごいところがあると感じています。
傍から見てではなく、提携することで分かったことはありますか。
大亀:そういうことは組まないと分からないですよね。
具体的にどんなことですか。
大亀:現場の方々のマインドじゃないですかね。現場を単なる足というのではなく、現場の位置づけが高い会社という点を感じます。それだけに現場がモチベーションを持ちながら動きやすい。従って現場力があるという印象です。
東電は売り方にはどの程度関わっていくのでしょうか。
大亀:基本ラインとしてこれを説明しないといけないというのはあります。その中でどういう風に営業するかはお任せしています。
ソフトバンクは代理店という位置づけです。販売契約を結べば、販売手数料を支払うということですね。
大亀:はい。小売り契約としてはそうです。
「我々は再生しなければなりません」
電力小売りの全面自由化によって、会社が変わるところがありますか。
大亀:東日本大震災でご迷惑をおかけしたところから我々は再生しないといけません。
そう意味で我々のマインドが全然違います。小売り会社としてはお客様がどういうものを求めているかを一人ひとりが考えて行動するようになっていると感じています。
規制に守られてきた会社ですから、まだまだと思いますが、そこが出来ていなかったところからすると、雲泥の差です。
今まで競争がなかった訳ですから、自由化以降も、その気持ちがあまり変わらない社員もいるのではないでしょうか。
大亀:カスタマー・サービス・カンパニーにはそうした人は少ない、いないんじゃないかと思っています。
当社がホールディングス制になった時に、経営層から小売り、ネットワーク、原子力ごとの今後の状況説明があり、社員一人ひとりがどうしなければならないかをみんなで考えようという活動を2014年くらいからやってきています。
危機感の醸成や自発的な行動を促すということをやってきています。
大口営業の担当者が厳しい競争に直面したり、福島にはローテーションでほぼ全員行ったりしています。そうした社員たちが部門の垣根なく議論をすることで、意識が変わってきています。
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