ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏が、その重要性を強調した「基礎研究」。しかし、それに携わる人々は「研究所の奥で日々ひたすら研究にいそしんでいる」イメージで、実像になかなか触れる機会がありません。
 例えばメーカーの「商品開発」に関しても、脚光を浴びるのはヒットアイテムの商品化を手掛けた「商品企画」部門で、その基盤となった基礎研究にはなかなか光が届きません。
 このコラムでは、メーカーの研究所で働く「基礎研究の人々」にお話をうかがっていきます。なぜメーカーで基礎研究をすることを選んだのか、なぜその研究テーマを選んだのか、日々どんな研究生活をしているのか、手応えや悩みは? などなど、知られざる生態に迫ります。
 今回訪れたのはサントリーワールドリサーチセンター。2015年5月、京都府精華町に新しい研究開発拠点として作られた「基礎研究の館」です。

 サントリーがビール市場に参入したのは1963年、東京五輪開催の前年のことだ。男女雇用機会均等法が施行された1986年にモルツを発売するまで、かなりの苦戦を強いられてきた。児玉由紀子さんがサントリーに入社したのは、そのモルツ発売の3年前。以来、ほぼ酵母を相手に仕事をしてきた。酵母はお酒、もちろんビールづくりにも欠かせない存在だ。

酵母への道は父の手作り味噌から

 「『ザ・プレミアム・モルツをつくりました』とか言えたらいいんですけど、私は商品には関わってきていないんです。『こんな味の、こんな香りのビールをつくりたいなら、こんなゲノムを持っているこの酵母をどうぞ』と言えたらいいなと思いながら、なかなか実現しないですね」

 サントリーは世界で初めて(下面)ビール酵母のゲノム解析に成功している。

 「でもまだ、なぜこんなに複雑なゲノム構造をしているのかなど、分からないことがたくさんあるんです。今はそれを一つひとつひもとくという、地味な仕事をしています」

サントリーグローバルイノベーションセンター 研究部 上席研究員 農学博士 児玉由紀子さん(写真:行友重治、以下同)

 キャリアのほとんどを酵母とともに歩んできた児玉さんと発酵…酵母を含めた微生物との出会いは、少女時代に遡る。

 「父は大正12年生まれで、機械系のエンジニアだったのですが、家でお味噌をつくるのが好きだったんです」

 お味噌、ソイ・ビーン・ペーストだ。兵庫県宝塚市の清荒神の参道にあるこうじ専門店でこうじを買い、床下に置いた瓶で大豆を発酵させていた。

 「その頃はそれが普通だと思っていました。どこの家でもお父さんはお味噌をつくるものだと。でも違ったみたいですね」