ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏が、その重要性を強調した「基礎研究」。しかし、それに携わる人々は「研究所の奥で日々ひたすら研究に勤しんでいる」イメージで、実像になかなか触れる機会がありません。 例えばメーカーの「商品開発」に関しても、脚光を浴びるのはヒットアイテムの商品化を手掛けた「商品企画」部門で、その基盤となった基礎研究にはなかなか光が届きません。 このコラムでは、メーカーの研究所で働く「基礎研究の人々」にお話をうかがっていきます。なぜメーカーで基礎研究をすることを選んだのか、なぜその研究テーマを選んだのか、日々どんな研究生活をしているのか、手応えや悩みは? などなど、知られざる生態に迫ります。 今回訪れたのはサントリーワールドリサーチセンター。2015年5月、京都府精華町に新しい研究開発拠点として作られた「基礎研究の館」です。

いつもいつも同じ味をつくるのは難しい。同じレシピで調理をしたとしても、原材料の味が違えば、できあがった料理の味は異なる。家庭料理ならその味の違いをエンタテインメントとして楽しめもするが、これが食品会社の定番商品となると話は別だ。安定的な味を提供する必要がある。安定的な生産には、オーダーメイドでの一点ものづくりに求められるのに勝るとも劣らない技術が必要だ。そしてこれを追究すると、おのずと味とは何か、おいしいとはどういうことかを解明することになる。
「たとえば、いつもの原料が手に入らなくても、飲料としてはいつもと同じにおいしいものをつくりたいとします。飲み物の中には、おいしく感じる成分も、おいしく感じない成分も含まれていますから、おいしく感じる成分を取り出して濃くしたり、おいしく感じない成分を取り除いたり、組み合わせたりして、いつものおいしさを実現しようと考えています」
「いつもの」「いつまでも」「新しい」
話の主は松尾嘉英さん。サントリーグローバルイノベーションセンターに所属し、いつものおいしさの再現に一役買う研究者だ。いつもの、に加えて、いつまでも同じおいしさづくり、新しいおいしさづくりの研究も行っている。

いつまでも同じおいしさづくりとは、お茶や珈琲の淹れたて・ジュースの搾りたてを、ペットボトルや缶に入れて流通させ、消費者が手に取り開封して口に入れるその瞬間までキープすることだ。おいしさには、甘いからい酸っぱいしょっぱい苦いのほか、香りや色も含まれる。
香りは味を大きく左右する。松尾さんは「味そのものより、香りが重要かな」と言うほどだ。確かに、風邪などで鼻が詰まると、何を食べてもおいしく感じられないし、新幹線の中でシュウマイや豚まんの香りがしてきたら、それだけでハッとする。缶をプシュっと開けたときにみずみずしい柑橘系の香りが立ち上がってきたら、そのチューハイはおいしいと思い込める。口に入れる前に、勝負は半ば決まっているのだ。
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