日経ビジネス本誌2月15日号の特集「コマツ再攻 『ダントツ』の先を掘れ」では、景気減速の波を乗り越えようとする建設機械メーカー、コマツを徹底取材した。
「ダントツ経営」を掲げて事業の選択と集中を進め、売上高営業利益率は日本の製造業平均を上回る10%超。「製造業の優等生」と評されるコマツだが、直近3年間は業績が停滞している。景気の先行指標とされる建機を扱うため、経済変調の影響も真っ先に受けてしまったからだ。
だが、逆風もなんのその。再び攻めに転じようという動きが、コマツのいたるところで芽生えている。オンライン連載では5回に渡り、世界各地の現場を突撃。写真や図版を多数交えて、本誌の特集だけでは描ききれなかった「コマツ再攻」の現場を詳報する。初回は震源地の中国だ。
春節(旧正月)をひと月後に控え、街なかの商店には赤や黄色の飾りが大量に並んでいた。炭鉱が近くにあるからか、春節飾りの鮮やかさとは対照的に、空は霧がかかったように曇っている。
中国山東省・済寧市。今年1月上旬、記者は上海から3時間半ほど高速鉄道に揺られて、この街に向かった。逆風下のコマツが再び攻めに転じるための芽が済寧市にあると耳にしたからだ。「曲阜東」の駅からコマツや協力企業の工場が集まる地区へと、クルマを走らせる。
移動中に、コマツを取り巻く外部環境について、整理しておこう。中国の建設機械の新車需要は2001年度以降、下のグラフのように推移してきた。リーマンショック後に中国政府が発動した「4兆元(当時の為替レートで約52兆円)」の景気対策の恩恵で、2010年度(2011年3月期)に外資系企業だけで11万台を販売したのが需要のピークだ。その後は中国の成長が鈍化し、公共工事そのものが停滞。いまに至るまで販売減に歯止めがかからず、建機メーカーは大なり小なり、リストラを迫られてきた。
春節明けの商戦期を残しているものの、習近平政権による「新常態(ニューノーマル)」の政策もあり、2015年度の新車需要は「ついに2万台を切る」と見る関係者は少なくない。明らかな「逆風」が吹いているため、中国景気に関連する最近の報道ではほぼ必ず、コマツの名前が挙がる。
建機の新車需要は2010年度をピークに落ち込み続けている
逆風下の中国で、どんな「再攻」の兆しを見ることができるだろう。緊張しながら、済寧市にある油圧ショベルの部品工場群に足を踏み入れた。そこには、新車の部品工場では見慣れない作業をしている従業員たちの姿があった。
顧客が使った部品を分解
1人はエンジンに使う「スターター」や「オルタネーター」と呼ばれる部品をパーツごとに分解し、品質をチェックして箱により分けていた。もう1人の従業員はエンジン部品ではなく油圧シリンダーを分解しており、やはりパーツごとに選別している。
故障したシリンダーを分解し(左)、使える部品だけを再利用する(右)
いずれも、故障などを理由に、顧客から引き取った部品だ。壊れたパーツを新しいものに取り替え、使えるパーツだけを再利用することで、新品同様の性能を再び引き出すのが、この部門で働く従業員たちの役目。コマツが「リマン」と呼んでいる部品の再生事業で、中国では2014年半ばから少しずつ、取り組み始めたという。
「いったい、何のために?」
そう聞くと、案内役の従業員からこんな単語が返ってきた。
「コウレイシャですよ」。
コウレイシャとは何か
コウレイシャ。
年明けに中国に来て、コマツ関係者の取材をし始めてから、頻繁に耳にするようになった単語だ。
例えば、中国の生産・調達を統括している信原正樹氏への取材では、「昨年11月から、各工場の部長クラス12人を6つの代理店に送り込んでいる」という話を聞いた。工場での改善活動に慣れた人材が販売の最前線に出ることで、顧客の建設現場にも改善を提案し、コマツへの信頼を高めてもらうための活動である。代理店に派遣したメンバーが特に狙いを定めているのが、コウレイシャなのだそうだ。
上海市にある中国本社では王子光総経理から、データ分析の得意な人材と現場に詳しい人材の混成チーム「情報資産応用部」を今年1月1日付で作ったという話を聞いた。11人からなるこのチームでも、コウレイシャ向けのサービスを考えることが「重要な任務」(王氏)になっていた。2015年春に開発したスマートフォンの修理依頼アプリについて説明を受けた時も、コウレイシャとの接点を増やすことが大きな狙いだと聞いた。
そして、コウレイシャの話をする時は皆、誇らしそうな顔をする。コマツが中国での逆風に立ち向かうための、キーワードに違いない。
けれど、コウレイシャとはなんだろう。中国の建設業界で「高齢者」の建機オペレーターが増えているという話はあまり聞かないし、高齢者向け携帯電話のように、操作ボタンが大きな建機を出すという噂も聞いたことがない。中国語のピンインで当て字を想像してみても、ピンとくる漢字が思い浮かばない。
悶々としていたら、コマツの中国総代表である、市原令之氏がニコリと笑って教えてくれた。「高齢者ではなく、高齢車ですよ」。
そして、スクリーンに下のグラフを映し出した。(注:グラフは編集部で一部加工している)
中国では「高齢車」が急速に増加している
●コムトラックスで遠隔監視している、中国のコマツ製建機の状況
1台1台の状況を把握。高齢車に照準を合わせて、アフターサービスを売り込む
このグラフにある8万超の青い点は、中国で稼働している建機1台1台を示している。市原氏によれば「高齢車」とはサービスメーターが示す累計の稼働時間が1万時間を超えるもので、このグラフでは赤い点線から右側にある点を指す。グラフの縦軸は1日当たりの平均稼働時間を示しているので、グラフの右上にいけばいくほどその建機は酷使されていると類推することができる。つまり、修理などアフターサービスの潜在需要が高いと言える。
こうした分析が可能なのは、コマツの建機に「コムトラックス」という遠隔監視の仕組みが搭載されているからだ。中国には現時点で通信可能な建機が8万台強あり、コムトラックスを使うとそれぞれの稼働状況がこのグラフのように手に取るようにわかる。時間だけでなく、燃費や、部品の故障も把握できるため、「コムトラックスの情報と、リアル(=直接のやり取り)で得た情報を組み合わせれば、高齢車が求めるサービスを展開できる」と、市原氏は言う。
工場のメンバーを代理店へと派遣したのは、1台でも多く高齢車が働く現場を回って顧客の声を聞くため。シリンダーやエンジンを再生していたのは、新品よりも安価な部品を用意することで、高齢車の修理需要をつかみやすくするための仕掛けだ。1月にできた情報資産応用部は、現場とコムトラックスのデータをもとに、高齢車向けの新たなアフターサービスのメニューを考える。
中国で起きた、建機とコマツの構造転換
もちろん、新車が売れている時期からアフターサービスにも力を入れておくべきだ、と思う人もいるだろう。同様の反省は、コマツにもある。ただ、膨大な量の建機をきっちりと作るだけで手一杯という状況では、アフターサービスにまで人を振り向けられなかったのが、現実だった。
しかも、中国はごく短い期間で、累計の稼働台数が爆発的に増えた地域だ。コムトラックスの通信台数は2005年には、5000台しかなかった。アフターサービスの獲得率が他地域と比べて低くても、以前は業績に大きな影響を与えることはなかったのだ。それが10年経って稼働台数は16倍になり、重要性がぐっと増した。いま、中国総代表の市原氏は「宝の持ち腐れを止めよう!」と語り、中国の従業員たちの意識転換を図っている。
「高齢車」などへのサービス強化のために、1月に専門部署を設置。意識転換を図っている
中国が「新常態」の政策を維持する限り、中国で建機の需要が劇的に回復することはないだろう。本誌特集でも少し触れたが、コマツの油圧ショベル工場の一つでは、1日当たりの生産台数が5年前と比べて10分の1の6台に減った。本来160m近い長さがある組み立てラインを半分止めて、生産効率を少しでも落とさないように腐心していた。以前は外注していた設備の修繕も経費抑制のため、数年前から社内に取り込むようになった。仕事がなく工場内の「道場」で溶接技能を学んでいた従業員は今後も、その訓練を続けざるを得ないかもしれない。
ただ、2013年度から少しずつ進めてきたリストラや、工場で積み重ねている固定費の削減によって「今の需要規模でも、黒字を出せる体制にはなった」と市原氏は言う。3年後には4万8000台まで増える高齢車を皮切りにアフターサービスを収益源に育てることができれば、反転攻勢は不可能ではない。
「コウレイシャ」を合言葉に、中国では、新常態にひるまぬ挑戦が始まっている。
「中国市場の再攻は、高齢車がキーワードでした」。
取材を終えて、日本にいるデスクに電話した。「は?中国が最高だって?高齢者って、オレはまだ40代だぞ!」という返事。会社に戻ったら、説明しなくては…。
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