AIが誘う「価格100分の1」の世界
一般消費者から中小企業まで――効率化の先に広がる新市場
市場が成熟化し、多くの分野で寡占化が進んでいる。新規事業を始めたくても、そこには実績があり既に顧客を囲い込んだガリバーたちがいる。地の利を持つ強敵と競り合うには、相手とは比較にならないほどの低価格で勝負することが突破口になる。その武器となるのがAI(人工知能)の活用だ。
競合がひしめく不動産業界で、そのAIを巧みに活用しているのがイタンジ(東京都港区、伊藤嘉盛代表取締役)だ。賃貸物件の仲介手数料は家賃の1カ月分というのが相場だ。その中で、同社が運営するインターネットを活用した不動産仲介サービス「ノマド」の仲介手数料は一律3万円。仲介物件の家賃次第だが、「月額家賃15万円の物件なら手数料は通常の5分の1になる」(イタンジの横澤佑輔取締役)。2014年11月にサービスを始め、営業エリアは東京都と神奈川県東部限定だが既に月間5000人が利用するまでになった。
質問の6割にAIが回答
通常、不動産仲介会社のスタッフが1カ月の間に対応できるのは40人程度の見込み客だという。一方のイタンジは、スタッフひとり一人の負担を減らし、1人のスタッフで普通の不動産仲介会社のスタッフの25倍に当たる1000人の見込み客に対応できるようにした。具体的には、物件への問い合わせの約60%をAIがチャットで自動的に返答している。また、物件を下見する際の同行はアルバイトに任せる。物件の見学は有料(1回3時間・3部屋までで3000円)だが、最初の見学時の費用は契約成立時にキャッシュバックされる仕組みだ。
不動産仲介サービス「ノマド」のアプリ画面。利用者の質問にAI(人工知能)が答えている
WEBコンサルティング料を100分の1に
2010年創業のWEBコンサルティング会社WACUL(読み方:ワカル、東京都千代田区、大津裕史社長)は元々、成果報酬方式で1カ月から1カ月半の時間を掛けて個別企業のWEBサイトの分析と改善の提案を実施していた。成果報酬は1案件当たり400万円。そのコンサルティング価格は同業他社並みだったという。
同社は2015年5月、「AIアナリスト」の名称でWEBのアクセス分析にAIを導入。従来の100分の1の価格である4万円(WEBサイトの規模で若干異なる)を1サイト当たりの月々のコンサルティング料として得る形に変更した。
「AIアナリスト」には無料で利用できる機能がかなりあり、まずは無料でサービスの一部を利用してもらって、有料サービスへの移行を促す仕組みだ。無料での登録は既に9000サイト以上で、そのデータもAIの精度を高めるビッグデータとして活用している。2017年中に有料での契約数は1000サイトに達する見込みだ。
5日分の作業をAIは10分で終わらせる
では、なぜ同社では従来の100分の1の価格でサービスが提供可能なのか。WEBサイトを分析するうえで最も人手が掛かる作業は、ユーザーがWEBサイト内の各ページをどの様な順番で閲覧しているのかを把握することだ。その回遊パターンは大手EC(電子商取引)サイトなどでは20万~100万通りにもなる。「回遊パターンの分析に以前は5~10日間掛かっていたが、AIなら10分で分析できる」と同社COO(最高執行責任者)の大淵亮平氏は説明する。
AIの分析結果は利用企業も閲覧可能で、各企業の担当者はその結果に沿ってアドバイスをしている。1社当たりの作業量が減り、以前よりはるかに多くの案件を担当可能で、価格を大幅に引き下げることができた。
「AIアナリスト」の画面。分析結果からのAIのの提案に加え、WEB上で担当者からのアドバイスも得られる
中小企業に利用客を広げる
低価格でWEBサイトのコンサルティングが可能になったことで、「高額のコンサルティング料を支払えなかった中小企業の利用が増えており、同業他社とは異なる新しい需要を掘り起こした」(大淵亮平氏)。
そうした新規客の1つが、オーダーメイドでシルバーアクセサリーを製作するWEBショップ「工房 史(ふみ)」だ。同店が最重要指標(Webサイトが目指す成果)としているのは、無料で提供するデザイン診断の問い合わせ件数を増やすことだ。そこで「AIアナリスト」の分析に基づき、各商品ジャンルのトップページに商品の人気度を示す「絶対喜ばれる!プレゼントランキング」といったコーナーを設けたり、黄色の目立つバナーでデザイン診断に誘導するといった対策を実施し、着々と問い合わせ件数を増やしている。
WACULではコンサルティングの対象として開拓可能な市場の規模はAI導入前の16倍に広がったと見込んでいる。その市場はコンサルティング料金の高い大手競合他社には手が出せない同社だけのフロンティアというわけだ。
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