著書で40歳定年制を提唱するのは東京大学大学院の柳川範之教授。AIやロボットなどの技術が日々進化する時代となり、社会に出た後は、20年ごとなどにスキルをアップデートさせて、キャリアを転換する働き方を提案する。100歳まで生きる時代には、仕事人生も二毛作、三毛作が当たり前となってくる。
100年人生という言葉を耳にする機会が増えてきました。長寿化により働き方やキャリア形成はどのように変化していくのでしょうか。
柳川 範之氏(以下、柳川):多くの人が100歳まで生きる時代が近づいています。60~65歳で引退しても、その先まだ30~40年の人生が残っています。貯金と年金だけで、残りの長い人生を過ごしていくのは厳しいですよね。本人にとっても、引退後の時間が長すぎると、充実感や生きがいを得にくいという問題があります。
従来主流であった1つの会社、1つのスキルで生きていく形態は崩れ、セカンドキャリアについて誰もが真剣に考える必要がある時代になりました。今後どういう能力を身につけるか、早い段階から考えるべきだと思います。
柳川 範之(やながわ・のりゆき)
東京大学大学院経済学研究科教授。1963年生まれ。父の仕事の関係でシンガポールで小学校を卒業。高校時代をブラジルで過ごしたのち、大学入学資格検定試験合格。88年、慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。93年、東京大学大学院博士課程修了。経済学博士。96年、東大助教授。2011年より現職。著書に『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)、『東大教授が教える知的に考える練習』(草思社)など。(撮影:北山宏一 以下全て)
40歳定年説を提唱されています。どのような考えからなのでしょうか。
柳川:50~60歳代の人だけでなく、若手やミドルの人も次のキャリアについて考えるべき時代です。IT(情報技術)やAI(人工知能)の技術革新を受けて、働き手もスキルをバージョンアップしたり、全くこれまでとは違うスキルを身につけたりする事が当たり前になっていきます。
かつては、入社後の20代の時期に一生懸命学んだスキルで一生食べていけました。しかし、今は社会に出て20年や30年ごとに、大きなスキルアップをする必要が出てきています。働き方や働く場所も変えて、何度もキャリアを転換する。「人生二毛作」や「三毛作」を考えても良い。ぴったり40歳でなくてもいいのですが、ある時期に改めて立ち止まって、皆がスキルアップに時間をかけられるような制度を作るべきだと考えています。誰だって会社を辞める自由はありますし、学校に行く自由もあります。一旦40歳で定年退職しましょうという風潮が仮に作れたら、多くの人が次のキャリアに向けたポジティブな準備へと移ることが可能だと考えました。
ただ、40歳前後では、教育費や住宅ローンなど出費が膨らむ家庭が多いのが現実です。学び直しにはハードルが高いとの意見は少なくありあません。
柳川:確かにその通りです。そうしたハードルを下げるためにも、政策的に国がお金を出して、一度ピットストップしても良いという風潮を作るべきだと考えます。
採用・昇格に必要なスキルが不明確
これまでの日本のビジネスパーソンは、会社に言われるままにキャリアを積んできたケースが多いです。
柳川:かつては企業が社員のキャリアを形成してくれました。若いときに基礎的な能力を身につけ、社内の配置転換を通じて随時必要な知識やスキルを追加させてくれる。ところが、今は会社に余裕がなくなってきて、人材を育成する機能が失われてしまった。
さらに、技術革新が進む中で、会社が持つ技術自体が陳腐化したり、業界自体が衰退したりするケースが多い。そういった場合、時代に対応したスキルを身につけるためには、違う業種や会社に進む選択肢を考える必要が出てきます。
自らキャリアの行き先を判断する時代ですね。政府も学び直しの必要性を最近では強調しています。
柳川:リカレント(社会人の学び直し)教育の注目度が高まっています。しかし、一体何を学んだら自分のステップアップにつながるのかが分からないという問題に多くの人が直面しています。
一番の原因は、企業側が何の知識やスキルを身につけたら採用や昇進につながるかを明確に示さない点にあります。この会社の部長になるためには、どういう能力が必要か明文化すべきです。現状では、なぜこの人が採用されているのか。なぜ昇進しているのかが分からない。「協調性がある」とか「組織をまとめる能力に優れている」など評価基準がぼんやりしている。中途採用やM&A(合併・買収)が増え、新たな人を受け入れ始めた日本の組織においては、役職ごとに必要なスキルを会社が明確に決めるべきです。
多くの人が柔軟にキャリアを転換できるようにするためには、転職市場の活性化も重要となります。
柳川:多くのミドル層は、自分が別の会社では全く役に立たないのでは、と不安に思っています。専門職の人は自分のスキルが明確に分かっていますが、ホワイトカラーの人は、様々な経験をしている半面、自分のどの能力がプロフェッショナルな部分かが分かっていません。転職者を探す会社側から見ても、うちの会社でどんな能力を発揮出来るのか判断できません。
大切なのは、自らの強みは何かを改めて整理することです。20~30年働いてきた人は、どんなキャリアパスを通ってきたとしても相当な経験の蓄積があります。多くの人が自分の能力を振り返り整理するプロセスを飛ばし、いきなり転職市場に飛び込むため、次の職場で今までの経験が役立たずに失敗するケースが多いように思えます。
副業・兼業をキャリアチェンジのきっかけに
大学院などで学び直すことも、これからのキャリア形成に向けた有力な選択肢となってくるのでしょうか。
柳川:大学院などアカデミックな機関は、ある程度大きなキャリアの方向転換が必要なときに役に立つでしょう。経済学や経営学、法学などの学問体系を学ぶと、今まで自分が経験してきた個別の経験の意味を知ることができます。「自分が経験したあの悩みは、学問でいうとこういう説明がされているのだな」と客観的に分析できます。個人的な経験や能力が、一般性を持った普遍的なものへと整理され、新たな環境にも当てはめることができるようになります。
海外では、働いてある程度経験とお金を積んでから大学院に学びに来るケースが非常に多く見られます。自分が積んだ経験を、アカデミックな場で整理してスキルアップし、労働市場に戻ってくるのです。
今までの会社に残り続けながら、新たなスキルを磨くという手段はないのでしょうか。
柳川:リスクを負わないで新しいスキルや人間関係を身につけたい場合は、副業・兼業が有効になると思います。様々なことを学べるOJTの場となりますね。欧米のように転職が当たり前とはなっていない日本だと、まずはキャリアチェンジに向けて副業を使うというのは重要なアイデアだと思います。
副業については企業側でも容認姿勢が広がっています。無制限で認めることは難しいですが、社員が副業で新たなスキルを身につけることは、自社にとってもプラスになるという発想を持ってほしいですね。自由な目的で半年や一年以上の休暇が取れるサバティカル制度も積極的に導入を進めていくべきです。
安定企業の象徴的存在だったメガバンクでも大規模な人員削減が発表されました。何が起こるか分からない時代、キャリア形成は難しいですね。
柳川:一つの会社に入ったら、その会社が成長し続けて、ずっと雇用され続ける、と考えること自体がそもそも変な話です。経済環境や会社の業績が変われば、雇える人員の数は変わります。長い年月を経れば産業が衰退して、企業規模が小さくなることも予想されます。個々人の能力とは無関係な、外的なショックで、リストラされることは当然あり得ます。「職を失った=能力が無い」と考える必要は全くないはずです。他の企業や業種に行けば、実力を発揮出来る可能性は十分あります。
発想を切り換えればチャンスだと思います。山一證券や北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行が20年ほど前に破綻して、多くの人が解雇されましたが、その人たちが今の金融界の一端を支えています。新しいビジネスを始め、新しいチャンスをものにした人が多い。本人にとっては大変な経験だったかも知れませんが、マクロ経済全体にとっては、破綻を経験して優秀な人が外部に飛び出たことが良かったかもしれません。
AIやロボットの台頭などにより、メガバンクのみならず多くの業種で人員削減が行われる可能性は十分あります。しかし、悲観する必要はないと思います。ある意味で殻が破れたと思って、活躍の場がこれから広がっていくとポジティブに考えていくと、仕事人生もきっと楽しいものになると思います。
■変更履歴
記事のタイトルを「日本人は全員40歳で定年退職すればいい」から「日本人に40歳定年の選択肢を」に変更致しました。 [2018/02/09 20:05]
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