全国の販売店に2人ずつ

長島さんは「トヨタ事業部」を管掌されるお立場ですね。トヨタ自動車との関わりはいつ頃からになりますか。

長島:私が会社(千代田火災海上保険、現・あいおいニッセイ同和損保)に入ったのが1980年で、最初に営業部門に配属されて担当したのが、トヨタの販売店さんだったんです。それ以来ですから…。

ざっと38年。

長島:長いご縁を頂いています。

 そんな中で1996年、自動車保険部にいる時に、いわゆる「保険の自由化」を迎えました。それまで保険料は一律だったんですけれども、いろいろな商品が作れることになって、トヨタ自動車さんと一緒に、要するにトヨタの販売店のお客様にとって利便性の高い保険商品はどんなものなのかというようなことを考えて、実際に商品を作り始めたというのが、その時ですね。

 その後、ディーラー営業開発部に開発改善グループという部署を作って、そこで保険業務のカイゼンに取り組みました。

 まず、うちのメンバーが1年間、トヨタさんに出向して、カイゼンの考え方、進め方を勉強させてもらいました。(トヨタ自動車創業者の)豊田喜一郎さんが提唱したジャスト・イン・タイムと自働化、その2本柱に支えられたトヨタ生産方式とはどのようなものか、どのように現場に生かされているのかを学びました。そして、戻ってきたメンバーが次は一斉に、トヨタの販売店さんに3~4カ月ぐらい常駐して、いわゆる「保険営業のカイゼン」を進めました。

 お客様に自動車保険をご提案するにあたって、どういう仕組みを整えればよいか。事故の対応をする時にどういう形にすれば、よりスムーズにできるのか。そうしたいろいろな仕組みづくりに、トヨタさんから教わったカイゼンの手法を導入する。そんな仕事を始めたわけです。北は釧路、南は鹿児島、全国各地の販売店さんに2人ずつメンバーが行って、ずっと販売店の近くに寝泊まりして…。

『トヨタ物語』の中で、トヨタ生産方式を普及させるべく、林南八さん(現アドバイザー)や友山茂樹さん(現・副社長)たちが、関連会社にずっと張り付いてカイゼン指導していたのと重なりますね。

長島:私たちはまだまだ学ぶ側でもありましたから、販売店さんと一緒に皆でいろいろ議論して仕組みを作っていく、という感じでした。

『トヨタ物語』を読んでトヨタ生産方式について知ったというのとは違って…。

長島:自分の経験と重ねながら読みました。(トヨタ生産方式の普及に尽力した)大野耐一さんの言葉の意味や重さを改めて知ることができ、大変勉強になった。私にとってのバイブルになりました。