張さんが大野さんの部下になったのは1967年頃になりますか。

:そうですね、怒られ始めた(笑)のが、ちょうど30歳になるか、ならないかの頃でした。

 大野さんは機械工場からトヨタ生産方式の導入を始めました。そして、1968年、生産統括という地位に就きます。常務になって全工場を見る立場ですね。その時からTPS(トヨタ生産方式)を元町工場、高岡工場、堤工場という組み立て工場へ導入し、また機械工場でもまだやっていなかった三好工場、下山工場へ広げていきました。さらに、広げるための生産調査室を作り、僕もそこに所属したわけです。

相当、長い時間がかかったのですね。

:長い道のりだったというか…。3年、5年で終わる話ではなかった。大野さんにとっては全生涯を通してやられた仕事でしょう。実際、30年以上にもなるカイゼンだったのですから。

トヨタ生産方式の体系化に取り組んだ大野耐一氏(写真:廣瀬 郁)

「ひもを引いてくれてありがとう」

わたしもトヨタの生産現場を自分の目で見てみなければわからなかった点がいくつもありました。たとえばアンドンです。

 いま日本の生産現場には「何かあったらベルトコンベアを止めるための装置」アンドンが付いているところは多いです。しかし、実際、普通の工場ではラインを止めることは悪とされていて、作業者はなかなかアンドンのひもを引きません。ラインに飛んできた管理職も「そんなことやっちゃダメじゃないか」と作業者を叱る。トヨタ以外の工場ではアンドンはあっても、作業者は自分の判断でラインを止めることはしません。

:トヨタの現場では作業者がアンドンのひもを引いたら、ラインの長だけでなく、保全、生産技術、工務といった連中もすぐにやってきます。そして、作業者に「ありがとう」と言ってから、原因を調べ、直すことになっています。

 「アンドンのひもを引いてくれて、ありがとう」

 上役がそう言うのは品質をよくするためなんです。ですけれど、アンドンの導入も最初のうちは反対があったり、また、作業者もこわがって、ヒモを引かないこともありました。しかし、実際に行うと製品の品質はよくなっていくんです。