1997年の創業から21年、日本の家庭の食卓文化をリードしてきた“フードテック”の老舗、クックパッド。その初期メンバーであり、現在は同社のブランディング部門を率いる小竹貴子氏が、気になるフードビジネスの新芽をピックアップし、現場を訪ねる。今回は味覚のリサーチに特化した専門部署を立ち上げ、商品開発を手掛けるミツカンの、MD本部味確認室専任課長、高取順さんに話を聞いた。今回はその前編(取材/2018年6月13日、構成/宮本恵理子)。

Mizkan(ミツカン)MD本部味確認室専任課長・高取順さん(写真:竹井俊晴、ほかも同じ)
Mizkan(ミツカン)MD本部味確認室専任課長・高取順さん(写真:竹井俊晴、ほかも同じ)

小竹貴子氏(以下、小竹):私は仕事柄、いろいろな食品メーカーさんとお付き合いがありますが、中でもミツカンはデータを重視したマーケティングに力を入れている企業というイメージがあります。そのミツカンが、味覚のリサーチに特化した専門部署を立ち上げ、商品開発にいたったそうですね。

高取専任課長(以下、高取):はい。ミツカンとしての「おいしさ」や中身の品質を限りなく高めることを目的として、2014年に「味確認室」を立ち上げました。私はその発足当初から専任でやっています。

 味確認室が立ち上がった背景をお話しすると、マーケティングリサーチを数多くやってきた私たちが、「調査に頼るだけでは限界がある」と感じ始めたという経緯がありました。

 リサーチ結果を集約して商品開発をすると、どうしても平均的な味にまとまってしまう。さらに昨今は消費者が求める傾向も、「簡単・便利・手間がかからない」といった部分の比重が大きくなっていて、おいしさへの関与度が低くなっているという問題意識もありました。

小竹:おいしさに対する関心が薄くなってきている、と。それも調査結果から見えたことだったのでしょうか。

高取:そうですね。我々が少しずつ味を変えて比較テストする時に、かなりクオリティーを上げたものを試食いただいたつもりでも、お客様からは「普通」とか「まぁ、おいしい」といった反応しか返ってこないことが増えてきたんです。おいしさを表現する言葉のバリエーションも少なくなってきている。

 メーカーとしては、「であれば、より安くつくれるほうでいいじゃないか」という結論に陥りがちですが、それでは日本人の味覚そのものが落ちてしまうのではないか、おいしさをもっと磨いて提供していくには、消費者の声を集めるだけでなく、プロフェッショナルに学ぶ姿勢が必要ではないか、などと考えて味確認室を立ち上げました。

小竹:プロの料理人の元に足を運び、味覚を学んで商品開発に生かす活動を続けているのですよね。高取さんお一人だけでもかなりのリサーチをなさっているそうですが、述べ何軒くらいのお店を訪れたのでしょうか。

高取:1日に2~3軒回ってきましたから、4年で1500軒くらいでしょうか。一番多いのは和食のお店ですが、ジャンルは問いません。ここぞというお店には2日連続通うこともよくあります。出勤前には築地にもよく行くんです。

小竹:築地に行って何をしているんですか。

高取:魚について教えてもらうんです。うちの主力商品である酢を使う寿司について理解しようと思ったら、やはり魚についても勉強しなくてはいけませんからね。

 魚や米といった食材そのものの知識を得るために築地に通っています。東京はもちろん、国内の津々浦々、海外にもリサーチに行っています。もちろん、会社のミッションとして行っていますから、毎回店名をリストアップして、役員の承認を得ての活動です。

小竹:データ重視のミツカンさんが、足を使って店に通い、舌で味を感じるアナログな研究に立ち返ったというのが意外ですね。

高取:おいしさへの関与度、つまりこだわりが一番強い人は誰かと考えた時、やはり毎日食材に向き合いながら真剣にその日の料理をどうおいしく作るか考え続けている料理人の方から学べることは多いだろうと考えたんです。実際に、そうだと実感していますね。

 私たちはお店に伺って単に話を聞くだけでなく、必ず料理をいただいて、可能な限り、料理長に隣に座っていただいて味の解説をしてもらうんです。舌で味を確かめながら、「高取さん、これが我々が○○と表現する味なんだよ」と教えてもらうことで味についての理解が深まるし、おいしさを表現するボキャブラリー、“味言葉”が備わってくるんです。

小竹:特に印象的だった言葉はありますか。

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