1997年の創業から21年、日本の家庭の食卓文化をリードしてきた“フードテック”の老舗、クックパッド。その初期メンバーであり、現在も同社のブランディング部門を率いる小竹貴子氏が、気になるフードビジネスの新芽をピックアップし、現場を訪ねる(取材/2018年6月15日、構成/宮本恵理子)。

 連載9回目は「分子調理学」の第一人者として知られ、著書『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)では、物理学や化学、生物学、工学などのサイエンスと食材・調理の組み合わせによって生まれる食の進化と可能性について紹介する宮城大学食産業学群教授の石川伸一さん。おいしいとテクノロジーの行方について話を聞いた(今回はその後編)。

宮城大学食産業学群教授の石川伸一さん(写真内右、写真:竹井俊晴、ほかも同じ)
宮城大学食産業学群教授の石川伸一さん(写真内右、写真:竹井俊晴、ほかも同じ)

小竹貴子さん(以下、小竹):連載の前編(「科学的に「おいしい」を解明した先に見えるもの」)では、分子調理学に基づく技術が、今後は家庭のキッチンに立つ個人に備わっていくべきという話になりました。特に介護の分野などで応用が期待できそうです。

石川伸一先生(以下、石川):実は介護業界からも共同研究の話はいくつか進んでいます。

 私が今「おいしさが求められている」と感じるのは、災害時、幼少期、そして高齢期の3つです。特に高齢者の場合は、おいしいと感じなくなると唾液の分泌が減って誤嚥(ごえん)リスクも高まります。命に直結する意味で、おいしさの研究はもっと進められるべきですね。

小竹:味だけでなく、見た目の研究も進んでいるようですね。

石川:昔はミキサーで混ぜたまま出されるのが一般的でしたが、最近は、食感は柔らかく、飲み込みやすい状態にしながらも、見た目は普通と変わらなく保つ技術が進んでいます。例えば食材の形を変える増粘材の技術をもっと応用するだけで、介護食は変わっていくだろうと思います。

小竹:実際に開発した食品はありますか。

石川:今年4月に発表したプロジェクトとしては、愛知県豊橋市で介護施設を運営する医療法人さわらび会で、分子調理を応用した「にぎらな寿司」を開発しました。

 お箸が持ちにくい人でも食べやすいようスプーンに盛り付けた形状なので、「にぎらな寿司=握らない寿司」という意味なのですが、サーモンやイカ、のり、ガリといった食材をムース状に、醤油もゆっくりと口の中で溶けるジュレ状に変えています。

 日本食の特徴の一つに、ご飯とおかずを一緒に食べて口の中で味付けする「口中調味」というものがあるのですが、これが“味の不均一性”を生み、飽きのこないおいしさにつながると思っています。

 また、ご飯についても寿司飯らしい食感が楽しめるように工夫されています。

 介護職用におかゆを混ぜて固めると、どうししてもでんぷんが糊化してべたついた食感になってしまうのですが、攪拌前にでんぷん分解酵素を含む酵素タブレットを使用し、さらりとした食感を保っているんです。

 これらの調理プロセスもすべて分子調理学的にメカニズムを解明しているので、誰でも再現可能であることも特徴です。

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