食の本物志向が高まっているのに和食は…

小竹:ありますが、個々のレシピの中の材料として、「だし400cc」といったように書かれていることが多いですね。鰹節から引いただしも、顆粒だしでつくっただしも一緒になっています。 そう考えると、そもそも、だしの定義をきちんと言語化できていないのかもしれません。

高津:確かに広い意味では洋風だしも和風だしも「だし」ですからね。

小竹:「だしをひく」という調理工程が家庭で失われていったのはいつ頃でしょうか。

高津:我々が鰹節の小分けのフレッシュパックを出したのが昭和40年代前半くらいですが、その頃から鰹節が斜陽産業と言われ始めました。時を同じくして、うま味調味料が急速に浸透していった。小分けパックを出すことで、鰹節は生き残れたかもしれないけれど、家庭で削る行為は減ってしまったのかもしれません。

小竹:今は食材に対する本物志向が高まっていて、オリーブオイルは高級エクストラバージンを選んだりするのに、だしはそこまでこだわらない。それは少し寂しい気がします。

高津:和食だけが少し置いていかれていますね。

小竹:鰹節がどれだけ手間をかけてできあがる食材なのかという価値を、もっと発信した方がいいですよね。実際に、私も産地に見に行って驚きました。何度も蒸して、干して。

高津:削る前の節ができるまでに半年はかかります。そして、ほとんどの人が気づいていないのですが、商品のパッケージにもかなりコストがかかるのです。のりと比べて、鰹節の包材は厚みがあります。風味を損なわないように三層構造になっているんです。何て儲からない商売なのかと思いますよ(笑)。

小竹:最近は健康効果も注目されていますし、ぜひ多くの人にだしの魅力を知ってもらいたいですね。私の周りでは、出産して離乳食をつくるようになって、“だしデビュー”した人が結構います。

高津:育児との組み合わせは、今後強化していきたいポイントです。今後はほかにも、だしテースティングの新業態店を秋頃に、池袋に出す準備を進めています。

小竹:最近ではタイのバンコクにも出店したそうですね。

高津:タイの店舗はのれん貸しなのですが、私の親友の弟が店を出しています。そんなコラボレーションも今後は積極的に進めていきたいですね。飲食店をやったのも、カフェ・カンパニーの楠本社長とイベントで何度か一緒になって意気投合したのがきっかけですから。

小竹:江戸時代から続く老舗メーカーなのにフットワークは軽いんですね。

高津:オープンでありたいと思っています。削り節からつゆ、そしてまた、だしを強化する延長線上にある事業領域を広げていきたい。これからは総菜の対面販売にも挑戦したいと思っています。もちろん、だしを使った総菜です。

小竹:改めて、だしの魅力は何でしょう。

高津:おいしい笑顔のもとになることです。だしを飲むとそれだけで表情が柔らかくなって、笑顔になる。そんな笑顔を増やすことが、私のモチベーションになっています。

小竹:和食がもっと家庭に普及するためには何が必要だと思いますか。

高津:「和食」というくくりをなくしてしまえばいいのかもしれなません。レストランでは、フレンチでも和の要素を取り入れたり、洋の盛り付けで日本料理を出したり、既にその境界は曖昧になっています。ですから、既存のイメージにとらわれずに和食をとらえ直したら、だしももっと身近なものになると思います。ご飯、主菜、副菜、汁物とすべてを揃えなくても、ワンプレートの和食もどんどんつくっていい。

小竹:私の娘は、保育園でコーヒーのフィルターを使うだしのひき方を習っていました。

高津:十分だと思います。急須を使う人もいらっしゃいます。本格的な調理を目指さない、というのが、家庭料理に和食を普及させるコツだと思います。そもそも、和食というカテゴリーもあってないようなものです。海を越えていろんな国から伝わってきた料理の融合なんですから。「肉じゃが」なんて東郷元帥がビーフシチューを参考につくらせた料理だそうですから。

小竹:現在、主流と言われている和食の定番は、遡ると洋食のアレンジであることが多いそうですね。

高津:だから和食の形式にこだわることはやめましょう。なんて、破壊的なことを言ってしまっているかもしれませんが(笑)。

小竹:枠にとらわれない姿勢がイノベーションにつながるはずです。

小竹メモ

 イノベーションというと、今までになかった新しい価値を創造するという印象があります。けれど今回のインタビューで感じたのは、先人の知恵から生まれた価値を改めて見直し、今求められている視点で新たに生まれ変わらせるようなイノベーションは、特に食の世界で求められていることなのだと思います。そして、そこに取り組むにんべんさんは素晴らしいと思いました。

 大切にしなければいけないものは、しっかり守る。変えなければいけないものは変える。まさに自分たちの力量を試されている時代だと感じました。