今、料理が面白い。ユーザー投稿や動画を使ったレシピサービスが人気を集め、SNS(交流サイト)が火付け役となって、個性的な料理家が続々登場。さらに、高齢化が進む中、「シニア」「介護」といった分野での食の関心も高まっている。
この流れに早くから注目してきたのが日本最大の料理レシピサービス「クックパッド」の初期メンバーで、現在は同社でブランディング・広報部門の本部長として活躍する小竹貴子氏だ。「料理は日本が世界に勝てるコンテンツ」と語る小竹氏。本連載ではその小竹氏が、大企業からベンチャー、研究機関など、料理や食卓を取り巻く様々なプレーヤーに会いながら、「料理×ビジネスの最新形」を探る。
連載1回目(「パナソニックが介護食支援家電を試作?」)に引き続き、今回もパナソニック アプライアンス社が開発を進めている「障害があっても、毎日の料理を楽しむことができる」という最新ケア家電「デリソフター」について、開発の経緯などを聞いた。
(取材/2017年9月12日、構成/宮本恵理子)
取材をしたのは、パナソニック アプライアンス社事業開発センター「Game Changer Catapult」代表の深田昌則氏(写真中央)とパナソニック アプライアンス社事業開発センター「Game Changer Catapult」事業開発総括の真鍋 馨氏(写真左)。クックパッドの小竹貴子氏(写真右)が話を聞いた(写真:竹井 俊晴、ほかも同じ)
小竹氏(以下、小竹):連載1回目では、なぜパナソニックが介護食に興味を示したのかという話を聞きました(詳細は「パナソニックが介護食支援家電を試作?」)。その中で、開発のきっかけとなったのは、担当者のお父様が嚥下障害を持つようになったことだった、と。「デリソフター」のような製品を開発することは、まさに家電だからこそできる課題解決なのだと思います。
私は2017年夏に、ある本の著者と対談をしました。お相手は、夫のために愛情たっぷりの介護食を作り続けた日常を綴った『希望のごはん』の著者、クリコさんです(詳細は「介護食作り、頑張れる自信がありません」「介護食作り、面倒な日はなかったんですか」。)
この時、クリコさんがおっしゃっていたんです。「自分ができたことは介護食の理想形かもしれないけれど、それは私が専業主婦で手のかかる子どももいなかったから、できたことかもしれない。そうではない人たちでも可能になる解決策はどこにあるのか」と。
例えばコンビニやスーパーに「電子レンジでチンするだけの介護食」が並ぶ日もそう遠くないかもしれません。ただそれよりも、個々の家庭の中で、普段の料理をすぐに介護食に変えられる家電があればすごくいい。
最近人気を集めている調理家電は、どちらかというと「健康で何も困っていない人たちが、もっと食を楽しむため」という側面が強い気がします。でも本来必要とされているのは、「本当に困っている人のためのテクノロジー」であるはず。
深田氏(以下、深田):このプロジェクトが進む過程で改めて考えたのは、「我々が家電を作る目的とは何か」ということでした。
私たちはずっと料理の手間を減らせる家電を開発し、「これで家事の負担が軽減され、時間にゆとりが生まれますよ」とアピールしてきたわけですが、その結果として空いた時間に何がしたいと思うかと疑問に思って声を集めてみると、「料理がしたいです」と(笑)。
小竹:せっかく料理する時間を減らしたのに!と思いますね。
深田:結果に驚きつつ、なるほどなと思いました。つまり、私たちが料理をする目的というのは、単に栄養を摂取するためだけではなく、自己実現とか家族のつながりを深めるためなんです。突き詰めれば人間の暮らしの根源であるということでり、さらに視野を広げると、世界の資源の問題や紛争の解決まで行き着くかもしれません。
しかし、まずは個々の家庭の中にある差し迫った問題の解決をすることが、家電メーカーの役割ではないかと思っています。
小竹:商品化まではあと一歩のところだと聞いていますが、課題は何でしょう。
パナソニックが試作した、料理を軟らかくする「デリソフター」(写真はパナソニック提供)
料理を軟らかくする家電…開発の行方は?
深田:やはり基礎となる技術を磨き上げることと、多様なニーズに対応できるメニュー開発ですね。嚥下障害とひと言で言っても、人によって飲み込める軟らかさは異なります。それにいかに対応していくかなどの実験を重ねています。ブラッシュアップにはどうしても時間がかかるので、会社がどこまで待てるかという判断もあります。
IoT(Internet of Things=モノのインターネット)の技術が進むと、大量生産・大量販売ではないビジネスモデルの事業も、もっと生まれやすくなるでしょう。正直、私たちの開発しているデリソフターが商品化するところまでは、まだ環境が追いついていないかもしれません。
ただ、もしボツになっても、開発過程で得られたノウハウを生かして、また別の形で商品化を検討する余地は大いにあると思っています。
小竹:こういった草の根的なアイデアが、パナソニックのような大企業の中から出てきて、社内の応援を得ているということは、とてもワクワクするニュースだと思います。それに、担当者が本当に熱意を持って生み出したアイデアというのは、一時的に休止となっても、形を変えて実現されることが多いとも思います。
もしかしたらスタートアップの若者たちが「だったらうちがやります」と動き出して、技術面でサポートに乗り出す、というシナリオだってあり得ますよね。
深田:社内へのインパクトとしては、商品開発の新たな形を提示できたと思います。デリソフターに携わったメンバーは、もともと商品開発チームではなかったこともあって、自由な発想でどんどん動いた。
「昨日も病院で話を聞いてきました。そしたら介護職の方々の困り事はこれでした!」と。そういって巻き込んでいった外部の方々も、彼女たちのアイデアに共感し、「ぜひ作ってほしいものだから、いくらでも協力する」と意見をどんどんくださる。まさに共感型の商品開発だな、と。
困り事を心から解決したいと思っている当事者たちが社内外で集まるから、アイデアの精度が高く、磨かれていく。彼女たちは「今回は商品化されなくても、この火を消さないように、社内でケア家電のサークルを立ち上げます!」とグループ内に声をかけて、介護系のカンパニーや松下記念病院の栄養士を呼んで、30人くらいの勉強会を始めたようです。社内でも共感の輪を広げている。
「もう第2弾、第3弾のアイデアもできました! いつか事業部にします」と言っていました。動機が強いからどこまでも前向きなんですね。
小竹:思いの強さが伝わってきます。ワクワクしますね。
大企業の役割を、改めて問い直す
深田:大企業の働き方というのは、どうしても上司から与えられた目標を達成することに終始しがちです。けれど本当は、個人が自分のやりたいことを実現するために、その会社の器を上手に使う方が楽しいはずですし、ヒット商品も生まれやすいのかもしれません。そんな個人の思いを支えるのが、これからの大企業の役割じゃないかとも思います。
小竹:個人の夢の実現が得意なのはスタートアップですが、どうしても技術面の経験値が不足していたりして、なかなかハードウエアの製品が生まれにくい事情がありました。個人の夢を大企業も応援し始めた、という流れが嬉しいですね。
クックパッドも同じように考えていますし、クックパッドだけで実現できない社会課題解決を、他社と組むことでどんどん実現させていきたいと思っています。うちはソフトの面で強みを持っているので、例えばこのデリソフターというハードウエアが実現した時、レシピを充実させる面でタッグを組ませていただくとか。
深田:まさに。おっしゃる通りですね。
小竹:さらに当事者の方々がつながれるコミュニティーもつくれたら……と、夢は広がります。家電は料理を楽しみにする入り口の一つですから。マーケットを広げる可能性をすごく感じています。
私はホームベーカリーや圧力鍋を愛用しています。パナソニックでは最近、男性ウケする調理家電にも力を入れていらっしゃいますよね。
真鍋:発売中の「ロティサリーグリル&スモーク」は、360度回転で塊肉をじっくりと焼けたり、燻製も楽しめたりする製品ですが、黒を基調にしていて、男性も意識したデザインになっています。
小竹:ファッション性は大事ですよね。多様な感性に訴えるには。
真鍋:あと、やはりシーンやストーリーを提案することはより強く求められていると思います。単に肉を焼く家電ではなく、この製品があることでどんな時間を、友人や家族と過ごせるのか。シーンに価値をつけて買っていただけるような製品作りに力を入れています。
小竹:未来が楽しみになりますね。これからも注目しています。
【小竹メモ】
対談後の取材によると、デリソフターのプロジェクトは終了したが、メンバーは非公式な社内サークルをつくって、新たにケア家電の事業アイデアを立ち上げつつあるそう。ケアを必要とする人、それをサポートする人、双方が毎日笑顔で生活をする上で、テクノロジーが果たす役割はとても大きいはずです。とはいえ、すぐに完璧なものができるわけもなく、現在はたくさんのチャレンジを繰り返しているフェーズなのでしょう。これから、介護の分野でイノベーションが生まれていく、そのスタート地点にいるのだと思います。
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