その昔、この場所に大きな市場があったのですが火事で焼失してしまいました。その跡地を私の父が購入しビジネスを始めたのがきっかけです。1969年のことです。その後、1980年か1981年にまた火事があり、当時のビルが全部燃えてしまった。それで1983年に今のビルを建てたんです。

2000年代後半以降、麻薬カルテルの抗争が激化したマタモロス(メキシコ)。外務省の海外安全情報ではレベル2(不要不急の渡航は止めてください)に指定されている

 もともとは米国からの旅行者向けにメキシコのアートや雑貨を扱っていましたが、奥さんが買い物をしている間、旦那さんが酒を飲んで待てるように…とバーを併設したところこれが成功しまして。その後、レストランやドラッグストアとビジネスを拡大していきました。1975年頃は10人客が来たら8人が米国人でしたが、今は国内(メキシコ)のお客さんの方が多いね。

安価な薬を求めて米国から買いに来る人が多い

 ドラッグストアを開いたのは、薬を買いに来る米国人が多いからです。向こうで「タイレノール」(頭痛・解熱薬)がいくらするのかしらないけれど、こちらでは30錠が1ドル程度で手に入る。マタモロスの病院に通う人も多いですね。米国では虫歯を治すのに1000ドル近くかかると思いますが、こちらだと100ドルで直してくれる。医者の腕? 全く悪くありませんよ。

マタモロスの町には安価な薬や歯科治療を求めて大勢の米国人がやってくる

 私が子供の頃、1975年ぐらいの話ですが、国境警備自体ほぼありませんでした。みんな好きに行き来して、1週間くらい米国で過ごして帰るなんていうこともよくあった。リオグランデ川も今よりずっときれいで、子供の時はよく泳ぎました。とても楽しかったですね。

 政治に関するコメントは控えさせてもらいますが、国境警備の厳格化やNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しでマキラドーラ(注)が影響を受けることはあり得るだろうね。自動車産業は特に怖がっているよね。ああ、父がちょうど来ました。

(注)製品製造にかかる原材料や部品、機械を無関税で輸入できる保税輸出加工区のこと。ティファナやシウダー・ファレスなどメキシコの国境の町にある。

八百屋の店主とマタモロスの日常