もっとも、トランプ大統領の一挙手一投足に反応しているメディアとは異なり、メキシコに進出している企業は事態を比較的冷静に見ている。

 「新政権の動向は注視しているが、一方で自動車メーカーの調達先を切り替えるのに時間がかかることを考えると、現実的に可能なのかという疑問もある。正直、あまり心配はしていない」。サン・ルイス・ポトシに本拠を置くEKKイーグル工業メキシコの後藤秀典社長はこう語る。

「バイアメリカン」は意外に難しい

 「トランプ政権はメキシコをどういじめるか」で詳しく解説しているように、雇用を米国に取り戻すため、また貿易赤字を解消するために取れる打ち手は関税を伴う措置、非関税措置に分けられる。それぞれに実現可能性はあるが、机上と現実は異なる面もある。

 部品の調達先を切り替える場合、自動車メーカーはサンプルを何重にもテストして安全性や品質を確かめる。走る、曲がる、止まるという基本性能に関わる重要保安部品については、テストに時間がかかるため、部品を変えたり、製造工程を変えたりする場合はモデルチェンジのタイミングで切り替えるのが普通だ。トランプ大統領の言う「バイアメリカン」は調達先の変更と同義だが、上記の理由で時間がかかる。そうこうしているうちに、2018年の中間選挙、2020年の大統領選が来てしまう。

 また、仮に関税が課せられたとしても、トランプ氏の勝利後、急速に進んだペソ安でメキシコ製品の価格競争力は増している。下院共和党が主張している国境税調整(「トランプ政権はメキシコをどういじめるか」に詳細)にしても、輸出に対する法人税が減免されれば、輸出品(メキシコから見れば輸入品)の価格が下がるため、理屈上は原材料の調達コストが下がる。

 もちろん、ドル安の進展や数量規制が導入されれば打撃を受ける。自動車メーカーが汎用品でバイアメリカンを進めれば、コスト削減圧力がサプライヤーにかかることも考えられる。ただそうなればそうなったで、最終的にしわ寄せが行くのは高い製品を買わされる米国の消費者だ。

 トランプ大統領が主張するメキシコ狙い撃ちは税関の実務を考えてもハードルが高い。国境を越える製品に関税を課す場合、その製品がメキシコ産ということを特定する必要がある。だが、メキシコ当局の協力なしに「メキシコ産」を証明する仕組みを導入するのは困難だ。

フォードの白紙撤退を歓迎する理由

 現地では、フォードの白紙撤回そのものを歓迎する声もある。

 「自動車メーカーの進出が相次いでいることもあり、エンジニアや中間管理職の採用がタイトになっている。その状況で、フォードが来たらどうしようかと思っていたので、我々としてはウェルカム」と別の自動車部品メーカーの幹部は語る。 

 トランプ大統領が貿易戦争も辞さずと本気で考えているのか、“Very Major”な国境税が交渉のためのブラフなのかは分からない。ただこちらでの解説の通り、米国として取れる打ち手は限られている。NAFTAを活用している日本企業は数多く、事態の推移を不安をもって見つめているが、過剰反応せずに大統領権限でできることと、WTOのような国際的なルールや既存の法律の中でできることを一つひとつばらしていくことから始める以外にない。

 「トランプ大統領を楽観視しているわけでは全くないが、少し騒ぎ過ぎなような気もしている。プランB、プランCをあらかじめ考えておいて、現実に対応していくしかないと思う」。EKKイーグル工業メキシコの後藤社長はこう語る。現段階ではこれが最も正しい対応なのだと思う。

建設中の第2工場。春には完成するが、トランプ大統領が誕生した余波で受注はペンディングに。「しばらく室内サッカー場にしますよ」(後藤社長)