遅れ続けた日銀の金融政策

 「日銀は何もしていない」

 金融危機のさなか、98年秋に日銀が開いた金融政策の研究会で財務省のある官僚が日銀の出席者たちを皮肉った。財務省は財政再建を進める立場だが、首相の小渕恵三が危機を乗り切るために20兆円を超える経済対策を策定するのを受け入れたとして、それまで、ほとんど手を打っていなかった日銀を当てこすったのだ。

 当時、日銀の職員でこの会に出席していた東大の渡辺は、「デフレと言ってもゆっくり進んだせいで、深刻な問題という認識が日銀にはほとんどなかった」と振り返る。

 翌年2月になってようやくゼロ金利政策を取ったが脱デフレには結び付かなかった。それを見た米マサチューセッツ工科大学の教授(当時)、ポール・クルーグマンが、「4~5%のインフレを狙うインフレターゲティング政策に踏み込むべき」と提言したものの無視している。2001年3月になって量的緩和政策に切り替えたが、規模は小さく、2006年3月にはそれも終了してしまった。この時、消費者物価はわずかな上昇に転じていたものの、デフレ脱却を確認したとは言い難い状態で実施している。終始、デフレに対する認識が薄く、対策は遅れ続けた。

サービス消費は伸びている
●形態別の名目家計最終消費支出の推移
注:耐久財、半耐久財、サービスの家計の消費支出総額の推移を示した
出所:内閣府統計を基に本誌作成

 賃金下落、産業競争力の低下、成長期待の低下、政策の誤り──。長引くデフレには4つの原因があった。約20年間続く病巣を取り除こうと、2012年末に誕生した安倍晋三政権は「アベノミクス」を掲げ、推進した。

 安倍に選ばれた日銀総裁の黒田東彦は2度にわたる大規模な金融緩和を実施、為替相場を円安に傾けて輸出競争力を高めた。昨年と今年の春季労使交渉では企業に異例の要請をして賃上げをさせ、デフレの元凶それぞれに手を打ったかのように見える。しかし日銀が指標にする「生鮮食品を除く総合消費者物価指数(コアCPI)」は今年8月でもまだ前年同月比マイナス0.1。目標の2%には届かず、デフレ脱却はなお道半ばと言わざるを得ない。

 一方、日本企業が保有する現預金は、2015年3月期には240兆円にも達している。しかし「まだ企業は様子見を変えていない」とUBS証券の青木は言う。青木の試算によると、企業はため込んだお金を使うどころか、今年4~6月期でもまだ前年度比で3兆円増やしている。設備投資については今年度、前期比で10.9%増やすとしているが、この状況では実行されるかどうかは怪しい。

 賃上げは実質賃金が今年6月から前年同期比プラスに転じるなど一定の効果をもたらしているが、肝心の消費に結びついていない。1997年頃から始まった賃金下落で1人当たり年間給与総額は2013年までに14%(約66万円)も減少している(グラフ「給与は下がり続け、デフレの一因となった」参照)。日本全体では約29兆5168億円に相当する「消費原資」が失われており、実質賃金がプラスに転じたからといっても消費者の先行き不安はそう簡単には解消されないのだろう。

 「デフレマインドを払拭するには企業が投資しやすい環境を整える必要がある」と第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生は言う。そのためには、「現在の32.1%から数年内に20%台に下げる」としている法人税引き下げを確実に実施し、国内投資をしやすくする。あるいは「3%以上の賃上げをした企業には、外形標準課税の増税分を免除する」とした賃上げ促進税制のような、賃上げに焦点を絞った優遇策を講じる手もある。ただ、財源は限られている。「新・3本の矢」から抜け落ちている規制緩和で、企業が新たな事業に進出しやすくするといった財政に頼らない仕組み作りも必要だ。