成長への期待がなくなった

 その中で急成長を遂げたのが韓国、中国、台湾など近隣諸国・地域のエレクトロニクスメーカーである。低価格攻勢をかけたせいで、「32インチの液晶テレビで言えば、2003年から3年で半値になり、その後も刻々と下がり続けた」(ニチコン会長、武田一平)。この結果、「日本企業が得意とする地道なコストダウンでは付いていけなくなった」とモルガン・スタンレーMUFG証券のアナリスト、小野雅弘は指摘する。企業は終身雇用を守ろうと賃金を抑制したが、それがかなわなくなると、人減らしに踏み切った。

 電機だけではない。冒頭の加藤が所属する不動産のような内需産業も似たようなことが起きた。

 マンション業界は「日銀が1999年2月と2001年3月に実施したゼロ金利政策や量的緩和で住宅ローン金利が下がり、2000年代前半に需要が噴き上がった」(ドイツ証券のアナリスト、大谷洋司)。不動産業界が「プチバブル」と呼んだ現象で、2005年には全国の住宅販売戸数が16万戸前後に達した。しかし2008年9月にリーマンショックが起きると需要は急減、2009年以降は半分の8万戸台にまで低迷した。

 1980年代後半のバブルがはじけ、多くのデベロッパーが経営破綻した。しかし破綻企業に所属していた営業マンが新会社を立ち上げて別ブランドの分譲マンションを販売するという循環が業界では続いた。「結局、この業界で禄をはむ人の数は変わらない」(大手不動産会社首脳)。しかしリーマンショックはこの流れを断ち切り、人材が流出した。雇用の調整弁と言われた建設業界ではピークだった97年に685万人の従事者がいたが、2014年には505万人まで減少している。

 デフレの背景にはもう一つ大きな日本経済の変化があった。賃金下落と競争力低下に絡み合うようにして1990年代末から始まった「経済への成長期待の低下」という要因である。

 生産年齢人口(15~64歳)は98年頃から減り始め、約10年後には総人口が減少へ向かうことが分かっていた。人口減は中長期的に需要の縮小を招く。賃金下落はそれに拍車をかける。国内市場がしぼむことは見えていた。縮小する市場に企業は投資をしたがらず、需要はますます増えにくくなる。実際、「投資を抑制し続けてきた」(大和総研のエコノミスト、小林俊介)。

 電機業界が直面したような競争環境の変化による優位性の喪失で日本企業の「生産性」は伸び悩んだ。人口減で「投資」と「労働力」の伸びも抑えられた。3つの伸び悩みは潜在成長率を低下させ、成長期待を失わせた。先行きに明るさが見えない経済環境。それが「物価は下がり続けるという心理を定着させた」と東京大学大学院教授の渡辺努は指摘する。

 それにしても、なぜデフレはかくも長く続いたのか。そこで大きいのは金融政策の遅れである。

1990年代後半からデフレが本格的に進んだ
●デフレ関連の出来事と政策の動き
1990年
10月
バブル崩壊本格化 前年末、3万8915円の市場最高値を記録した日経平均株価が2万円を割り、バブル経済の崩壊が本格的に始まった。
1997年 賃金下落始まる アジア通貨危機、金融危機の中で企業のリストラが本格化。このころから賃金下落が始まった。
1997年
4月
消費税増税 3%から5%に引き上げ。山一証券や北海道拓殖銀行の破綻、自主廃業と同じ年で、消費にはマイナスに。
1999年
2月
日銀、ゼロ金利政策実施 日銀が金融緩和政策を本格化した。
2001年
3月
日銀、量的緩和政策を実施 日銀はマネーサプライを増やし、デフレを止めるために量的緩和に乗り出した。
2006年
3月
日銀、量的緩和政策を終了 日銀は「消費者物価上昇率が0%より上回った」として量的緩和政策を終了した。
2008年
9月
リーマンショック 米大手投資銀行、リーマン・ブラザーズが経営破綻。世界同時不況へ。
2008年
11月
米連邦準備理事会(FRB)、QE1(量的緩和第1弾)実施 米国がリーマンショックによる急激な需要縮小による不況、デフレ化を防ぐため量的緩和を実施。
2010年
10月
日銀、量的緩和政策を復活 デフレの深刻化で日銀が量的緩和策を再度取り始めた。
2010年
11月
FRBがQE2を実施 米国が量的緩和政策をさらに強化。
2012年
9月
FRBがQE3を実施 米国が量的緩和政策を一段と強化。
2013年
4月
日銀が異次元金融緩和を導入 日銀が大幅な金融緩和に踏み切り、デフレ脱却に動き出した。
2014年
4月
消費税増税 消費税を5%から8%に引き上げた。
2014年
10月
FRBがQE3を終了へ FRBが量的緩和政策の終了を決めた。
2014年
10月
日銀が追加緩和 日銀が再度追加緩和を行い、市場を驚かせた。
2015年
1月
欧州中央銀行(ECB)が、QE導入へ 欧州でも広がる気配を見せてきたデフレを食い止めるため、ECBが量的緩和へ動き出した。