党の事前審査を壊した小泉

 その結果、自民党で言えば総裁の立場が大幅に強くなっていった。代表的なのは2001年4月に政権の座に就いた小泉純一郎だろう。小泉は「改革できない自民党はぶっ壊す」「聖域なき構造改革」など、得意の分かりやすい言葉で国民にじかに訴え、それがまた人気を集めて、政治力となっていった。

「安倍一強」「自民党一党支配」というが…
●安倍内閣発足以後の政党支持率の推移
出所:日経リサーチの資料を基に本誌作成

 小泉はその力を背景に「不良債権の最終処理」「日本道路公団と郵政の民営化」「新規国債発行抑制」「国と地方の税財政改革(三位一体改革)」などに取り組んだ。その司令塔として使ったのが諮問会議であり、小泉はここを舞台に大統領のような、それまでとは異なる首相像を作り上げていった。

 もっとも小泉が自らの統治機能を強めようとすればするほど、障害が浮き彫りにもなった。自民党の古い体質である。主要な法案や予算案については、閣議決定前に党政務調査会や総務会の了解を得る事前審査制がその一つだった。事前審査があれば、自民党との関係は円滑に運べるが、既得権に切り込むような改革は党の抵抗を受けて実行しにくくなる。小泉は、それを突破しようとした。

 実際には主要法案で、党の意向を無視し続けることはできなかったものの、この挑戦は小泉の人気を高めた。良くも悪くも小泉が、その個人技で強い権力を手にしたことで「決める首相」の時代が到来し、旧来型の利益誘導に血眼になる派閥政治は鳴りを潜めた。

「強すぎる」安倍晋三首相には、不満の声も漏れる(写真=Natsuki Sakai/アフロ)

 そして今。外交や経済、財政政策などで迷走した民主党政権から2012年末に政権を奪還した安倍晋三は、小泉の大統領型首相モデルを追っているように見える。だが政権発足から約3年がたち、その姿は「決める首相」というより、「強すぎる首相」と映る。

 典型が安全保障関連法案の採決だろう。「かつては派閥がそれぞれ政策を主張し、切磋琢磨して日本を動かした」といった懐古的な論調がしばしば登場するのは、「強すぎる首相」への警戒感が背景にある。

 日本を取り巻く環境は厳しい。中国の軍事プレゼンスは高まり、その経済は日本経済を大きく左右する。隣国・韓国との対立も解けない。国内ではデフレ脱却に時間がかかり、潜在成長率は低下、財政赤字は膨らむ一方だ。山積する課題を解決するには「決める政治が必要なのは言うまでもない」(自民党衆院議員の平将明)。

 しかし首相の権限をどこまで認め、抑止力をどう持たせるかという仕組みづくりも求められているのではないか。1975年から約40年かけた政治改革はなお未完のままだ。

=文中敬称略