様々な政治改革の試みが続けられてきた
●日本の政治改革の歩み
1947年 4月 中選挙区制復活 1946年の総選挙で40府県において県単位の選挙区にする大選挙区制が行われたが、47年に戦前にも行われた中選挙区制が復活した。
1955年
10~11月
55年体制スタート 10月に左右社会党が統一、11月に保守合同で自民党が誕生した。
1975年 政治資金規正法改正 政治資金規正法は48年に制定されていた。田中角栄首相の金脈問題を機に75年に大改正。初めて寄付制限が導入され、政治団体の収支公開も一部強化された。
1981年 3月 第2次臨時行政調査会発足 土光敏夫氏を会長とし、土光臨調と呼ばれた。国鉄など3公社の民営化を進めた。後の橋本龍太郎政権での省庁再編につながったと言われる。
1988年 7月 リクルート事件 リクルート創業者の江副浩正氏が、有力政治家、官僚などに子会社の未公開株を譲渡。疑獄事件となった。狙いは自社の政界・財界での地位向上にあった。
1989年 5月 自民党が政治改革大綱策定 自民党が、初めて「政権交代可能な政治」実現を唱え、注目を集めた。
1992年 4月 政治改革推進協議会(民間政治臨調)発足 第2臨調などで行政改革を進めた亀井正夫・住友電気工業相談役を中心に、小選挙区比例代表連用制を提唱。政治改革・選挙制度改革論議に大きな影響を与えた。
1993年 8月 細川護熙政権発足 自民党を離党した小沢一郎氏らの新生党や新党さきがけ、社会、公明、民社党など非自民各党が総選挙の前年、日本新党を結成し、国民的人気を得ていた細川護熙氏を首班に政権を取った。
1994年 3月 小選挙区制導入 政治改革関連4法が成立。衆院に小選挙区比例代表並立制が導入された。カネがかからず、政権交代可能な政治の第一歩とされたが、ポピュリズムの広がりなど弊害も次第に目立っていった。
1996年 10月 初の小選挙区制総選挙 小選挙区制の下での初めての総選挙が実施された。
1998年 4月 民主党結成 政権交代可能な党を目指し、結党。次第に自民党の対抗勢力として成長していった。
2001年 1月 省庁再編 中央省庁を1府12省庁に再編。官邸機能の強化を図った。
同年 政府委員制度廃止 国会で閣僚に代わり、官僚が答弁する政府委員制度が廃止に。同制度は、勉強しない政治家を延命させると言われてきた。
2009年 8月 民主党が政権奪取 民主党が総選挙で大勝し、選挙による本格的な政権交代となった。
2012年 12月 自民党が政権奪還 安倍晋三政権が発足。安倍首相は、アベノミクスを掲げ、脱デフレ、経済再生を唱えて人気を得た。

橋本の官邸機能強化が転機

 88年末、自民党は政治改革委員会を設置し、翌年5月には、党として初めて「政権交代可能な選挙制度導入」を盛り込んだ政治改革大綱を策定するところまでこぎ着けたが、89年7月の参院選では過半数割れの惨敗を喫した。まだ、本当に改革を進めるかどうか信じられていなかったのだ。

 しかし外部環境は大きく変わっていた。89年秋にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終結。その一方で、米国は日本を経済的なライバルと位置付け、日米構造協議を通じて商慣習の改革などを迫ってきた。国内の利権争いや権力闘争に血道を上げる派閥政治のままでは変化に対応できない状況となりつつあったのだ。

 当時、東京大学教授で政府の第8次選挙制度審議会の委員となっていた佐々木毅は「自民党の中に政治資金だけでなく、小選挙区制など選挙制度の改革まで一体でやるべきという声が強まった」と証言する。審議会は、その変化に後押しされる形で、翌90年4月に小選挙区制と政党助成金などの導入を提言した。