ところが多くの企業はそうではない。外国企業と似たレベルの製品やサービスで競っている。「そうした企業では経営陣に世界中の人材を集めることが強みになる」と半田は言う。医薬品のように技術が高度化し、新製品開発のための投資が大規模化してきた世界では、多様な人脈を抱え、知見を持つ経営陣を作ることが競争力になる。

 特にバイオ医薬のような新しい分野では、世界中のどこにどんな開発をしている研究者がいて、その有望度はどの程度かを常に測って必要ならいち早く協業することが勝負になる。もはや「既存事業で業績を上げた人が内部昇進をして経営者になる仕組みだけでは、世界で勝てなくなっている」(半田)。1990年代半ば以降のデジタル化とネット化は世界を狭め、その構造を一気に作り上げていった。

戦前の方が経営は監視された

 ウィンドウズ95がきっかけとなった環境変化の衝撃は、日本型経営にさらなる余波を及ぼしている。その一つは経営に対するチェック機能の弱さが浮き彫りになってきたことだ。

 戦後、経営に対する監視機能は長らく、銀行が受け持ってきた。上場企業でも株主からのけん制はほとんどなく、メーンバンクだけが「もの言う存在」だった。その銀行も、経営に介入するのは企業の業績と融資返済に大きな問題がある場合だけ。大きなトラブルでもなければ、特段厳しい要求を突き付けることはなかった。

 戦後にできた労働組合も企業別で、やがて労使協調路線に入っていったから、経営者をけん制するほどの存在にはならなかった。そして、この仕組みの中で「社長が自分の意思で後任を選ぶことが慣習になっていった」(早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄)から、総合的なけん制機能は弱くなるばかりだった。

 それでも80年代までの成長の時代には、この仕組みは大きな問題にならなかった。大胆な投資をして失敗しても、致命傷にならなければ、やがて取り戻すこともできたし、甘い投資でも成功することがあったからだ。時代の成長力が、多くの問題を洗い流したのだ(下グラフ参照)。

日本企業の利益率は回復できるのか ●高度成長期以後の大企業の売上高営業利益率推移
注: 資本金10億円以上の企業の売上高営業利益率の推移を見た。高度成長期は1960~73 年度、バブル期は1980~89年度、デフレ期は1995~2013年度で算出
出所:法人企業統計を基に本誌作成

 ところが、90年代半ば以降、デジタルとネットの普及とともに世界市場が一体化し、競争が激化した。技術やサービスの進化も激しくなり、企業は容易に利益を取れなくなってきた。

 こうなると、戦後のけん制を受けない経営が本来抱えていた弱みが露呈し始めた。判断の甘い投資はすぐ多額の損失となって跳ね返るようになり、経営のミスが許されなくなってきたのだ。

 しかし歴史を振り返ると、外部のけん制機能は、昔からなかったわけではない。戦前、財閥系企業では、持ち株会社である財閥本社が専門経営者の経営計画などを承認することで監視していた。配当性向も同様で、財閥本社の要求水準を満たす必要があった。

 一方、上場企業では、大株主が兼任役員として取締役会に直接参加していた。もっともこれは、いわば個人投資家のような人も多く、複数の企業に兼任役員として加わっていたという。

 ところが、戦後は財閥解体で財閥本社からの監視がなくなり、兼任役員もいなくなった。メーンバンクが力を持つようになったのは、その結果だった。

 市場環境が短期間に激変するようになった今、改めて必要になっているのは経営への監視機能だろう。

日本型経営はまだ変わる

 巨額の不正会計が問題となった東芝は、テレビ、家電、一部半導体など不採算事業でも延命し続けているうちに、傷口を広げた。大株主や銀行など、資本・負債の提供者の要求を満たす業績を上げられるかといった視点で経営を見直し続けていれば、状況は違った可能性もあるだろう。

 2009年3月期に7873億円という製造業で過去最大の赤字を記録した後、事業の選択と集中を進め、V字回復を果たした日立製作所は、昨年、経営を実際に受け持つ社内の執行役を監視する取締役会の構成を大きく変えた。社外取締役を7人、社内取締役を5人とし、経営の監視機能を強めた。

 ただし、東芝も経営の監督と執行を分ける委員会等設置会社であることを考え合わせれば、仕組みだけでは経営のチェックはできない。「経営トップが変革を恐れるようになったらクビにしてもらう」。日立相談役の川村隆がこう言い切るように、経営陣のクビをかけるほどの真剣さで取り組まなければ効果は出ない。日本型経営の改革はまだ続くことになるのだろう。