高度成長から失われた20年へ ●日本経済70年の歩み-1
(写真=左:時事、右:読売新聞/アフロ)
高度成長から失われた20年へ ●日本経済70年の歩み-2
(写真=左:Getty Images、中・右:ロイター/アフロ)

経営陣の多様化が競争力に

 そこに終身雇用という制度が覆いかぶさった。収益が見込めないとして事業を撤退させようにも、競争力の源泉とされた現場の従業員を路頭に迷わせるわけにはいかない。秋草自身もDRAM撤退の際には、すぐに人員削減に踏み切ったりしなかった。

 ところがウィンドウズ95が道を開いたデジタル化とネット化の奔流は、長期雇用の中で蓄積していく熟練の価値をほぼ消し去った。デジタル化された機械を購入すればある程度の品質のものを効率よく作れるようになったからだ。DRAMなどはその典型だった。こうして終身雇用や現場主義は、電機産業を中心に日本企業の強みとは言いにくくなっていった。

 同時に起きたのは、外部環境の変化への対応は現場ではなく、経営層に委ねられるようになったということだ。現場の作り込みなどによる技術や品質の向上が生きる高価格品を除くと、もうからない事業からいち早く撤退し、投資を選別するといった戦略自体が戦いのカギになってきたからだ。

 そこでも日本型経営が問題になった。「新卒で入社し、みんなが同じ経験をして育って経営者になる日本の仕組みでは、大胆な事業の組み替えや撤退などができる経営者は生まれにくい」。青山学院大学大学院教授の須田敏子はそう指摘する。今度は内部昇進の年功序列制度が問題になってきたのである。

 5人の社内取締役のうちの2人、実務に当たるコーポレートオフィサーは13人のうちの9人が外国人──。武田薬品工業はここ数年で、経営陣の構造を思い切って変えた。

 外資系コンサルティング会社で人材育成を担当した後、2013年4月から2年間、武田薬品工業でコーポレートオフィサー・人事部長を務めた半田純一は、その狙いをこう言う。「トヨタ自動車をはじめとした自動車メーカーのように、技術や品質などに固有の強さを持つ場合は、それを外国に売り歩くだけで企業は成長できる」。