有力投資家から突き付けられた辞任要求

 堪忍袋の緒が切れた人物がもうひとりいる。ビル・ガーリーだ。早期に出資した投資家で取締役にもなっているガーリーは、2017年1月、本書『UPSTARTS』英語版の出版記念会でアントレプレナーとしてカラニックを絶賛した。だが、その後、次から次へと出てくる不祥事に、ベンチマークキャピタルで最高の収益を上げている投資先をカラニックに任せるのは心配でいてもたってもいられなくなってしまう。

 経験豊富な最高財務責任者がいればオットーの買収は取りやめになっていたかもしれないし、すさまじい重荷になっている運転手に対するカーリースプログラムも縮小されていたかもしれないというのに、そういう人を雇おうとしない、グーグルから企業秘密を盗んだ容疑で連邦検事が捜査に乗りだしたあと、何カ月もアンソニー・レバンドウスキーの首を切ろうとしないなど、カラニックの不届きな部分に、2メートルを超える長身のテキサス人、ガーリーは怒り心頭だった。次から次へと悪材料が報道され、パラノイア気味で悪いほうへ悪いほうへと考える性格も頭をもたげる。ベンチマークの持ち分は10億ドル単位で数えられるほど多い。それが半分になるかもしれない。いや、ゼロになることさえあるかもしれない。そういう思いにとらわれてしまった。さらに、ウーバーは変わらなければならないと示すやばいデータもあった。ウーバーのマーケティング部門が調査したところ、カラニックは米国で一番不人気なCEOだという結果が得られたのだ。

 ベンチマークのパートナー6人は、よくよく相談の上、その6月、荒療治を決断した。カラニックは外す。一時的にではなく、永久に、だ。そして、ファーストラウンドキャピタル、メンロベンチャーズ、フィデリティベンチャーズ、クリス・サッカのローワーケースキャピタルなど、ほかの出資者に根回しを始める。

 根回しを受けたパートナーシップは、それぞれ対応を協議した。創業者の首切りは、1980年代にアップルがスティーブ・ジョブズを追放して以来、シリコンバレーでは重大罪だとされている。だが、この年のカラニックはひいき目に見てもむらっ気が多く、その能力や人格に対する信頼も失われていた。投資家6社は、辞任を求める書簡をカラニックに出すことにする。

 6月20日の火曜日、ベンチマークからふたりのパートナー、マット・コーラーとピーター・フェントンが派遣され、シカゴ中心部のホテルでカラニックに会い、要望書を手渡した。ガーリーは同行しなかった。ここにいたる数カ月でカラニックとの関係が悪くなり、同じ部屋にいるのもお互い嫌だというほどになっていたからだ。

 カラニックはいったん自室に戻り、どうするべきかを検討したらしい。顧問弁護士や一番の味方である取締役のアリアナ・ハフィントンにも電話で相談。ハフィントンからは、検討に値する提案だと言われたそうだ。ほかの出資者に電話をしたりショートメールを送ったりもしたが、電話は取ってもらえないし、メールは返信が来ない。ずっと連絡を寄こさなかったカラニックなど、友人だと思う人はいなかったのだ。

 一緒に名前の挙げられることが多いアップスタート、エアビーアンドビーCEOのブライアン・チェスキーは、メンターを探す、ほかのCEOから学ぶ、取締役とのパイプを太くするなどの努力を長年にわたって続けてきたが、カラニックは、そういうつながりに時間もエネルギーも費やしてこなかった。この年、チェスキーとエアビーアンドビーはどちらかというと平穏無事だった。対してカラニックは、助けが必要なときだというのに独りぼっちだった。

 5カ月も戦い続け、気力が残っていなかったと、のちにカラニックは友人に漏らしている。そんな状況だったので、この日、カラニックは、手渡された書類にサインした。彼が従う可能性は低いと思っていたベンチマークのパートナーは、みな、びっくりしたという。

 カラニックは、ウーバーCEOの座を正式に手放したのだ。

 全身機能障害の状態だったが、それでも、ウーバーは、新しいCEOを迎えることに成功する。航空券予約サービス、エクスペディアを長らく経営してきたダラ・コスロシャヒである。彼は、さまざまな面でカラニックと正反対の人物だ。カラニックがなりたくてもなれなかったタイプだと言ってもいいかもしれない。謙虚で思いやりがあり、人の話をよく聞く。さらには、エアビーアンドビーのブライアン・チェスキーと同じく外交能力に優れているのだ。ロンドンがウーバーの営業免許を取り消したときの対応を見ればよくわかる。コスロシャヒはすぐロンドンに飛ぶと、市長やロンドン交通局と面談し、次のような公開状を提出した。

 「我々が犯したまちがいについて、世界中のウーバー関係者を代表して謝罪したいと思います」──ウーバーがこのような対応を取るのは大変に珍しい。「今回の決定に対しては、ロンドン市民数百万人のために見直しを求めてまいります。我々も変わらなければならないことを肝に銘じた上で」

 コスロシャヒの前には、新たな資金の調達、ケタ外れに高いバーンレートの低減、とっくに実現していたはずのIPOに向けた準備、あらゆるところに口を挟んでくる共同創業者の影響の押さえ込みなど、難しい問題が山となっている。

 カラニックは、今後も戦い続けるだろう。ただし、舞台の中心ではない場所で。