全固体電池の菅野教授が語る、EVはこう進化する
次世代電池の“本命”はリチウムイオン電池の限界を超えるか
英ダイソンのEV(電気自動車)参入表明で注目を集めるのが「全固体電池」だ。現在主流のリチウムイオン電池が抱える走行距離などの限界を突破する電池として期待されている。ダイソンのみならず、トヨタ自動車など多くの会社が開発に力を注ぎ始めている。第一人者、東京工業大学の菅野了次教授に、全固体電池がEVを変える可能性について聞いた。
全固体電池は、現在主流のリチウムイオン電池と比べて、どんな点が優れているのでしょうか。
菅野了次・東京工業大学物質理工学院副学院長・教授(以下、菅野氏):まず、今のリチウムイオン電池というのはすごくいい電池です。鉛蓄電池やニッケルカドミウム電池などに比べてはるかにエネルギー密度が高く、充放電の特性も素晴らしい。これよりもいい電池を作るというのは、なかなか難しい。
この素晴らしいリチウムイオン電池の電解液を固体にしたらどうなるか、というのが、そもそもの全固体電池の発想です。まだ実用段階の製品としては世の中に出てきてはいませんが、電解液を固体にした際に発揮されるであろう、優れた特性が明らかになるにつれて注目が高まってきました。
例えば、現在のリチウムイオン電池は、電解液を充てんした独立したセル(電池の構成単位、単電池)を直列につないで使用します。一方、電解質を固体にすると、正極と固体電解質、負極を重ねて1枚のシート状にして、そのシートを順番に積み上げていくことでパッケージにできます。液体を使わないために構造が簡単になり、容量を上げやすくなるだろうと期待されています。
出力を大きくできるのが最大の利点
菅野了次東京工業大教授は全固体電池研究の第一人者だ(撮影:陶山勉、以下同)
全固体電池の開発が加速しているのは、菅野先生などが新しい物質を発見したからと言われていますね。
菅野氏:電解質の中でイオンが活発に動くほど、電池の出力は大きくできるのですが、かつては、固体の中をリチウムのイオンが動くという現象を起こさせること、そのものが難しいとされていました。しかし、我々(東工大とトヨタ自動車)は2011年に、固体の中でもイオンがよく動く材料を見つけました。
電解液を使う今の電池の欠点は、大電流を流すと電解質の中をイオンが動きにくくなるということです。それを、大変高度に設計することで、大きなパワーを取れる電池に仕上げているのが現状です。
一方、我々はさらに16年に、固体材料に塩素を添加するとイオンがさらによく動くことを発見しました。イオンの動きが速いと出力を大きくできると先ほどお話ししましたが、(これによって従来のリチウムイオン電池よりも)全固体電池の出力を大きくできる可能性が出てきました。それが、全固体電池の最大のメリットとして、注目されている理由だと思います。
リチウムイオン電池を使う今のEVは、充電に時間がかかることも欠点の1つだと言われています。全固体電池を使うと、充電速度も速くなるのでしょうか。
菅野氏:電流をたくさん取れるようになると、充電も速くなると期待できます。ただし、電池自体の電圧の限界といった問題もありますので、電流がたくさん取れるということがすなわち、充電が速くできるというわけではありません。それでも、工夫次第で速くなる可能性はあると考えています。
心臓のペースメーカーに使われるほど信頼性が高い
現在のリチウムイオン電池は、自動車事故などの際に爆発したり、炎上したりすることが懸念されています。全固体電池になると、安全性は増しますか。
菅野氏:固体材料の場合、液体が蒸発して引火することはないので、液体の電池より燃えにくいと言っていいと思います。
実は、これまで全固体電池は、固体の中でイオンが動くことが難しいために、大きな電流が取れず用途が非常に限定されていました。その1つが、心臓のペースメーカーです。微弱の電流でも十分だからですが、心臓のペースメーカーに利用されていたのは、信頼性が高いからです。
ただし、我々が今開発している材料は、多少空気中で分解しても、とにかくイオンが動くことを重視していますので、実際の電池に使ったときの安全性は、大きな電池にしてみなければ分からないところはあります。
全固体電池でクルマの設計の自由度が増す
そもそも、全固体電池の用途として、なぜEVが有望視されているのでしょうか。
菅野氏:これまでの全固体電池は、実用化されたのが心臓のペースメーカーくらいで、ほとんど電池として認められていなかったような状況でした。信頼性はあるけれど、パワーは取れない。「使い道はあるのか」と問われれば、「ない」と答えるしかありませんでした。
しかも、リチウムイオン電池という非常に優れた電池があり、それを全固体電池に置き換える必要はないと考えられてきました。
実際、電池という分野はこれまで、既存の電池を新たな電池が置き換えたという事例はないんですよね。新しい電池が登場した時には、必ずと言ってよいほど、その電池を必要とする新たな用途、新たな製品が世の中に誕生しています。例えば、リチウムイオン電池が登場したのは、ノートパソコンや携帯電話が誕生したのと、ちょうどタイミングが一緒でした。
だから、もし全固体電池がうまい成長ストーリーを描けるとするならば、やはり新たな用途や製品に使われるということだと思います。
全固体電池によって、クルマ全体の設計の自由度は増すでしょうか。
菅野氏:例えば、固体電解質は100℃でもマイナス30℃でも動くので、リチウムイオン電池に比べて、(安定して動く)温度範囲が広がります。つまり、それほど厳しい温度管理をしなくても良くなるという点で、設計の自由度は増す可能性があります。リチウムイオン電池は60℃以上になると劣化が進むので、現在のEVは冷却装置などで温度管理をきちんとする必要があります。
もちろん、容量の大きな電池にした場合に、様々なややこしい問題が出てくるかもしれません。それでも、固体電解質は低温から高温までたぶん大丈夫なので、設計の自由度が増す可能性はあると思います。
米国・中国・ドイツで開発競争が激化
全固体電池の試作品。電池自体に加え、システム全体の簡素化も期待される
英ダイソンは全固体電池のベンチャーを買収し、開発を加速しています。ダイソンがどのような電池を出してくるか、研究者の間で噂になっていませんか。
菅野氏:全然分かりません。あまり情報は聞こえてきませんね。
やはり、先頭を走っているのはトヨタですか。
菅野氏:トヨタでしょうね。
菅野先生などの基礎研究のおかげで、素材開発は進んできました。一方、製品化に向けた各社の生産プロセスの開発はどんな状況と見ていますか。
菅野氏:電池が実用化されるまでには、我々のような基礎研究から応用研究、そして実際のデバイスの生産というように、それぞれの段階でギャップがあります。メーカーが実際のデバイスとして製品化するのが一番の課題ですが、いつまでに製品化するという宣言もしているところを見ると、それは多分、乗り越えたんだろうなと思います。
固体電解質の素材は日本よりも海外で研究が活発ですね。例えば、中国やドイツ。米国も、我々が発表したすぐ後に、コンピューターで材料の組み合わせを計算する計算科学という手法で、実際のモノを作らずに知財だけを先に押えてしまうといったことまでやっています。競争はなかなか激しいですよ。
全固体電池を使えば、EVの走行距離がガソリン車を超えてしまうということも起こり得るのでしょうか。
菅野氏:全固体電池がEVでどういう使われ方をするのか、あまり分からないですけれども、(電池の)パッケージを小型化できたり、エネルギー密度を上げられたり、長く走れたりといったメリットは、多分あると思います。
可能ならば、やはり充電速度を上げたいですけれども、たぶんそれは次のステップでしょうね。
クルマが道を走ったら充電できたりとか、ボタンを押したらクルマが迎えに来たりとか、そういう将来が見えてきていますよね。全固体電池によって電池の実力がもっと上がれば、そういった未来もたぶん一気に近づくでしょう。
全固体電池が、EVのあり方を変えるということですか。
菅野氏:今はまさに、全固体電池がものになるかどうかという瀬戸際のようなところでもあります。これまでの電池とはそもそもの発想が違うので、うまくいくならば、たぶん行き着く先も違うものになるだろうと期待しています。
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