昨年9月、世界に驚きを与えた英ダイソンのEV参入。ファンは沸き立つ一方、自動車業界は実現性を疑問視する。「本当に成功するのか」――。

 日経ビジネスは1月15日号(同日発売)の特集「ダイソンが見たEV大競争」で、ダイソンがEVに参入した狙いを詳報している。これまで同社は、サイクロン掃除機の発明にはじまり、羽根のない扇風機や奇抜な形状をしたヘアドライヤーなど、革新的な家電を数多く世に送り出してきた。

 その“家電メーカー”が、なぜEVに参入するのか。秘密主義を貫くダイソンには謎が多い。

 EVへの参入を発表した翌月、ダイソンは前COO(最高執行責任者)のジム・ローウェン氏を新CEO(最高経営責任者)に指名し、EV開発の陣頭指揮を彼に委ねた。日経ビジネスは日本のメディアとして初めてローウェンCEOに単独インタビューし、EVという未知の領域に乗り出すダイソンの勝算を聞いた。

<span class="fontBold">ジム・ローウェン(Jim Rowan)氏</span><br /> 2017年10月、ダイソンのCEOに就任。米ブラックベリー(旧リサーチ・イン・モーション)などで約20年以上、製品開発やサプライチェーンの構築、グローバル展開に従事してきた。12年8月からダイソンCOO(最高執行責任者)として、シンガポールを拠点にサプライチェーンの構築などに尽力してきた。(写真:原隆夫、以下同)
ジム・ローウェン(Jim Rowan)氏
2017年10月、ダイソンのCEOに就任。米ブラックベリー(旧リサーチ・イン・モーション)などで約20年以上、製品開発やサプライチェーンの構築、グローバル展開に従事してきた。12年8月からダイソンCOO(最高執行責任者)として、シンガポールを拠点にサプライチェーンの構築などに尽力してきた。(写真:原隆夫、以下同)

EV(電気自動車)は今、世界中で多くの会社が開発でしのぎを削っている分野です。自動車を開発した経験のない英ダイソンに、勝てる見込みはあるのでしょうか。

ジム・ローウェンCEO(最高経営責任者、以下ローウェン氏):我々が持つテクノロジーを理解してもらえれば、ダイソンがEV市場で存在感を十分に発揮できることが分かるはずです。

 まず、(EVの駆動に欠かせない)デジタルモーターの開発に我々は10年以上携わっており、この分野では世界をリードしています。電力を効率よく制御するパワーエレクトロニクス分野でも先行しています。

 (次世代のバッテリーとして期待されている)全固体電池にも、既に1億ドル(約110億円)以上の投資をしています。今後、全固体電池を量産するには、さらに10億ドル(約1100億円)以上の投資が必要になるでしょう。EV全体では、これらに加えて10億ドル以上の投資をする見込みです。

 モーターや電池だけではなく、我々はサイクロン掃除機や羽根のない扇風機、ヘアドライヤーなどの製品の開発を通じて、熱力学から流体力学、音響学にいたるまで、メカニカル・エンジニアリング(機械工学)に関する知見を蓄積してきました。我々には、新たな製品カテゴリーに参入するたびに、新しいテクノロジーを短期間で獲得してきた歴史があります。

 1993年、ダイソンが創業した年に発売したサイクロン掃除機「DC10」の基礎となったのは機械工学ですが、それだけではなく、そこで我々は流体力学や幾何学、音響学の知見を得ました。これを手始めに、コードレス、バッテリー、パワーエレクトロニクス、デジタルモーターなどの技術を獲得し、さらに最近では、ロボットやソフトウエア関連の技術も積極的に取り入れています。

 EVは競争が厳しい分野のため、ここでは詳細な情報を明かせません。しかし、こうした知見を総動員すれば、自動車で破壊的なイノベーションを起こせると考えています。

そもそも、なぜダイソンはEVの開発に参入するのでしょうか。

ローウェン氏:誤解してほしくないのは、EVが注目されているからとか、成長する市場だからという理由で参入するわけではないということです。エンジニアリングで社会的な課題を解決することがダイソンの使命であり、その観点から(EV参入の)好機が到来したと判断したので、参入するのです。

 創業者であるジェームズがディーゼルエンジンと大気汚染の問題に注目したのはおよそ25年も前に遡ります。ジェームズはまず粒子状の物質が撒き散らされるのを防ぐサイクロン技術を使ったフィルターをデザインしました。当時は(ディーゼルエンジンが)排出するガスについて問題視する機運は盛り上がりませんでしたが、そこで培ったフィルター技術は掃除機など「家の中」の大気汚染を防止するのに役立っています。

 そして昨今、ようやく政府や自動車産業がクリーンなエネルギーに注目し、政府は法的な規制を整え始めました。つまり、我々が課題解決のため蓄積してきたテクノロジーを自動車産業で活かす絶好のタイミングが訪れたわけです。

 我々は、様々な社会の課題をエンジニアリングで解決するノウハウを磨いてきました。大きな課題を、個別の具体的な課題に落とし込んで技術で解決していく手法は、EV開発という巨大プロジェクトでも通用します。

 一方、既存の自動車メーカーはどうでしょうか。彼らはこれまでに、ディーゼルエンジン工場などに大きな投資をしてきています。これらを整理するには莫大なコストがかかり、EV開発の足かせになると思います。我々にはこうした負の遺産はないから、電池やデジタルモーターの開発に集中して、ユニークなEVを市場に投入できるはずです。

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