「病気の細胞」に7000種の薬剤を入れて…

 とはいえ、一口にスクリーニングといっても簡単な作業ではありません。患者から細胞を採取してiPS細胞をつくり、その細胞を分化誘導させて、「病気の細胞」をつくるのにも技術や時間を要します。できた細胞に、膨大な量の化合物をスクリーニングする作業を段階的に繰り返し、さらに有効性と安全性の実験を経て、ようやく治験にたどり着くのです。今回も7000種類近い化合物をスクリーニングして、ひとつの薬にたどり着きましたが、もちろん、新薬として認められるかどうかは治験の結果次第です。

創薬スクリーニング装置。左の丸い小さなケースにiPS細胞由来の「病気の細胞」を入れ、右のスポイト状のものでさまざまな薬剤を投与して効果を測定する。

難病の治療薬からテイラーメード創薬へ

 膨大な量の化合物を効率良くスクリーニングするために、太田教授は、独自で化合物ライブラリー(薬剤候補物質サンプル)を構築。厚生労働省で承認されている約1000種類の薬の成分から分子標的薬(病気の細胞の特徴的な分子だけを“狙い撃ちする”薬)、天然化合物を含む約7000種類の薬剤候補物質をストックし、CiRA内のさまざまな研究者に提供しています。今後は、スクリーニング結果を蓄積してデータベース化することで、さらに効率良く実施できるようなシステムを構築する予定だといいます。

太田 章 特命教授
大阪大学で薬学の博士号を取得、助手として勤務後、企業の製薬部門で22年間創薬のスクリーニングに従事。スクリーニングシステムの構築、薬物・化合物に対する反応を調べる実験、データベース整備までの経験を、CiRAでの研究に生かしている。

 以前このコラムでもお伝えしましたが、CiRAの井上治久教授らのチームでは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療につながる薬の候補になる物質を発見しています。ALSは、運動神経細胞が徐々に死んでいき、全身の筋肉が動かなくなる病気ですが、慢性骨髄性白血病の治療薬に“細胞死”を強く抑える作用があることを見出しています。

 世の中には、FOPやALSのように難病といわれる原因不明の病気がたくさんあります。また、治療薬があっても薬の効果には個人差があり、iPS細胞を使えばその「個人差」の原因や特定の人に効く薬が見つかる可能性もあると指摘されています。「たとえば、アルツハイマー病の中には遺伝子の異常が原因の人もいて、その人たちに効く薬が見つかったり。iPS細胞を使えば、個人は無理でも少数のグループに効く薬を見つけられる可能性もある」と太田教授。iPS細胞を用いた創薬研究は、新しい治療法の開発だけでなく、これまでの薬の常識を打ち破る可能性もありそうです。

今回の幹細胞かるた

「む」 無限に増やせるiPS細胞

皮膚や血液などの細胞から人工的につくったiPS細胞は、適切な条件下で、どんどんと細胞分裂を繰り返しながら無限に増えることができます。数が増えていくと、それぞれの細胞が身を寄せ合うような格好で、かたまり(細胞塊:コロニー)をつくります。iPS細胞を無限に増やすことができるので、そこから必要な体の細胞を無限につくり出すことができます。

出典:「幹細胞かるた」 企画・制作:京都大学iPS細胞研究所、デザイン:大隅 英一郎(picto inc.)、イラスト:石津 雅和(FiTS)