遺伝子解析でDNAの傷を徹底調査

 そこで、CiRAでは研究を進め、c-Mycの代わりにL-Mycという遺伝子を用いることで、ほぼがんを発生せずにiPS細胞がつくれることを見出します。そして、レトロウイルスを使わずにiPS細胞を作製する方法も開発。さらに、導入する遺伝子を4つではなく、6つ用いた方法で作製効率を高めることに成功し、現在、CiRAではこの方法で作製されています。

 さらに、つくったiPS細胞を徹底的に調べる作業も行われています。「がん細胞とは、基本的には、もともと持っているDNAに傷がついた細胞のこと。つまり、DNAに傷がないかを調べればいいわけです。すべての遺伝子を調べることを「ヒト全ゲノム解析」といいますが、昔は10年ぐらいかかっていた作業が今は数日でできるようになり、費用も数百万円ほどでできるようになりました」と戸口田副所長は話します。すべての遺伝子を調べて異常がなければ、iPS細胞が安全につくられたことになるわけです。

<b>戸口田 淳也(とぐちだ・じゅんや)</b> 京都大学iPS細胞研究所副所長・再生医科学研究所教授。1981年京都大学医学部卒業。京都大学大学院医学研究科にて骨軟部腫瘍の分子遺伝学的研究、米国ハーバード大学にてがん抑制遺伝子の研究に従事。95年に京都大学生体医療工学研究センター(のちの再生医科学研究所)の助教授となり、間葉系幹細胞に関する研究に取り組む。2003年京都大学再生医科学研究所教授、2008年iPS細胞研究センター・副センター長を経て、2010年より現職。
戸口田 淳也(とぐちだ・じゅんや) 京都大学iPS細胞研究所副所長・再生医科学研究所教授。1981年京都大学医学部卒業。京都大学大学院医学研究科にて骨軟部腫瘍の分子遺伝学的研究、米国ハーバード大学にてがん抑制遺伝子の研究に従事。95年に京都大学生体医療工学研究センター(のちの再生医科学研究所)の助教授となり、間葉系幹細胞に関する研究に取り組む。2003年京都大学再生医科学研究所教授、2008年iPS細胞研究センター・副センター長を経て、2010年より現職。

iPS細胞は一つ一つ違う、能力差がある?!

 ところが、問題はその先にもありました。「再生医療で細胞の移植治療を行うには、細胞自体を移植する訳ではなく、そこから各臓器や組織に分化させた細胞を移植します。iPS細胞に異常がなくても、分化させた細胞がダメになるケースもあるのです」と戸口田副所長はいいます。

 それに関わるのが、iPS細胞の「質」です。同じ人の細胞から同じ方法でつくったのに、分化能力が高いものも低いものもある――できたiPS細胞はどれも違う顔をしていて、出来不出来があるというのです。iPS細胞を再生医療に使用するには、iPS細胞を何万個~何百万個の細胞に増やして、そこから臓器や組織へと分化させていきますが、分化能力の低いiPS細胞を用いてしまうと、細胞の集団の中に分化しきれない細胞が残ってしまい、それが良性腫瘍をつくってしまう危険があるのです。

 そのため、できたiPS細胞が高い分化能力を持つ、優秀な細胞かを見極めなくてはなりません。「CiRAには、今、32人の主任研究者がいて、それぞれが専門領域の研究に取り組み、骨、神経、心臓、血液、免疫などさまざまな分野で、それぞれの病気を治すために、iPS細胞の分化誘導の方法を研究したり、開発をしたりしています」と戸口田副所長。そのなかで、iPS細胞の質を見極める研究も進められ、現在では神経細胞への分化能力が高いiPS細胞を簡単に選別する方法なども開発されているといいます。

 細胞の作製方法の研究や、遺伝子解析をはじめとするあらゆる検査を導入することで、iPS細胞はがん化の恐れのない、安全でより分化能力の高いiPS細胞へと進化しています。そして、医療現場での実用化に向けても急ピッチで研究が進められています。研究所の名称のCiRAは、Center for iPS Cell Research and Applicationの略。「Application(アプリケーション)は適応、実用の意味。『一刻も早い実現を!』という気持ちを込めて名づけました」と戸口田副所長。次回は、iPS細胞の実用化に向けてCiRAで行われている研究の「いまココ!」をお伝えします。

今回の幹細胞かるた

「る」 類がない 遺伝子4つで 細胞の初期化

一度役割が決まってしまった細胞は通常では他の役割の細胞へと変わることはありません。ただし、全ての細胞の核には全身の設計図が入っており、卵に細胞核を移植して細胞核を初期化することで、再び全身のどんな細胞にでも変化できるようになります。この方法はとても難しく、誰にでもできるものではありませんでした。そんな中で、iPS細胞はたった4つの遺伝子を使うことで、細胞核を初期化して作られたため、発表当初は信じられないという反応もありました。その後、様々な研究者によって実際にiPS細胞ができることが確かめられ、広く普及していきました。

出典:「幹細胞かるた」 企画・制作:京都大学iPS細胞研究所、デザイン:大隅 英一郎(picto inc.)、イラスト:石津 雅和(FiTS)