重度の心不全が改善し、人工心臓から解放された!

 最初の臨床例は、1年前から拡張型心筋症で入院していた男性(当時56歳)で、人工心臓を装着する手術を行った後、心臓移植を待つことになった重症患者だった。筋芽細胞シートによる臨床研究では、患者は2度の手術を受ける。まず、太ももの筋肉を10g切り取る手術を行い、筋肉から筋芽細胞を取り出して通常は3~4週間培養して、筋芽細胞シートを数十枚作製。2回目の手術で筋芽細胞シートを患者の心臓に貼り付けて移植する。この患者の場合は、2カ月かけて細胞シートを培養し、細胞シートを貼り付ける手術に臨んだ。すると、3カ月後には心臓の機能の回復が認められ、その後、人工心臓を外すことができ、退院するに至った。9年経った現在でも元気だという。

筋芽細胞シートの移植手術
筋芽細胞シートの移植手術
(イラスト/アイハラチグサ)
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 臨床研究が40例行われ、「7~8割に心機能の回復や症状の改善が見られ、治療が成功した」(澤教授)。これを受け、2012年からは臨床研究と並行して、筋芽細胞の培養技術を海外から導入していた医療機器メーカーのテルモ(東京都渋谷区)において再生医療での実用化を目指し、治験も始められた。

 これまで澤教授のチームが治療した50人の重症心不全患者のなかには、11歳の重い心臓病患者も、心臓移植が必要な患者もいた。人工心臓をつけていた患者では1人を除き、全員が外すことに成功。心不全や他病死などで4人が亡くなったが、46人は今も生存し、健康な人と同じような日常を送っている人も多い。細胞シートによる治療は、比較的高い確率で心不全の患者に効果があることが示された。

 2015年9月に「ハートシート(骨格筋由来筋芽細胞シート)」は再生医療製品として薬事承認され、2016年の1月からは健康保険(公的医療保険)が適用になった。ハートシートは心臓に貼るため、「心筋シート」と呼ばれるようになる。そして、8月には保険適用後、初の手術が行われた。

費用だけでなく、手術後の負担も軽減

 治療にかかる費用は、手術代や培養費、入院費なども含め、総額で約1500万~2000万円。心臓移植の場合は総額3000万~5000万円、人工心臓で2500万~4000万円の医療費がかかるとされるので、それよりは費用は抑えられる。治療に保険が利くうえ、心臓病に対するさまざまな医療費助成が受けられるので、患者が負担する治療費は、 自治体によって差異はあるものの大きく軽減される。

 また、心臓移植の場合は、生涯、免疫抑制剤を服用しなくてはならないが、心筋シートの場合、心不全治療の薬を続ける必要はあるが手術前より薬を減らせる可能性もある。この治療は今は、澤教授のいる大阪大学医学部附属病院でしか受けられないが、東京女子医科大学をはじめ、細胞シートによる治療が受けられる病院は今後、徐々に増える予定だという(←いまココ)。さらに、この治療が海外にも広まれば、より多くの命を救うことになる。

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