増える心不全患者、救う道はあるのか

 心疾患は、欧米では死因第1位、日本でもがんに次いで死因第2位の病で、しかも平成26年度の心疾患の総患者数は172万9000人とがんに次いで多い(厚生労働省「平成27年患者調査の概況」)。「心不全で亡くなる人は年々増えている。重症の心不全患者には人工心臓か心臓移植しか選択肢がないが、日本では心臓移植はドナー不足でほとんど行われていない」と澤教授は話す。実際に、ここ数年の国内での心臓移植の数は年間でわずか50件前後だ。

 「人工心臓は機械なので不具合が生じる心配もあるし、合併症の危険性もある。高齢者には適用できないという問題もある。心臓移植はドナー(臓器提供者)が現れなければ手術ができない。再生医療で心臓の機能自体を回復させることができれば、日本だけでなく世界中の多くの患者を助けることができる」と澤教授は、心臓の再生医療に取り組み始めた。

 細胞治療や遺伝子治療などに果敢にチャレンジし続けて、2000年に運命的な出会いをする。東京女子医科大学の工学博士・岡野光夫教授との出会いだ。当時、岡野教授は培養した細胞をシート状にする(温度感受性培養皿を使った)特殊な技術を開発していた。「見た瞬間、これだ!と思った。これなら細胞をシート状にして心臓に貼るだけで、大量の細胞を移植できるのではないか」。そこから、岡野教授との「細胞シート」をめぐる共同研究が始まった。

筋肉細胞の高い修復能力を心臓に利用する

 本来は、患者の心筋細胞を培養して心筋細胞シートにできればいいが、患者の心筋細胞は弱っている。そこで、澤教授たちが選択したのは、「サイトカイン」 による治療法だ。人間の体には修復機能が備わっていて、傷ついたり弱ったりすると細胞がサイトカインという修復反応を促すたんぱく質を出す。「弱りきってサイトカインが出なくなっている心臓に、サイトカインを出す細胞を大量にシートにして貼り付けられれば、心臓の機能が回復するはず」と考えた。患者自身の細胞からつくるので免疫拒絶反応もなく安全性も高い。骨髄細胞や筋肉の筋芽細胞を使ったシート開発が続けられ、最終的に筋芽細胞(成熟すると筋肉になる細胞)でつくった「筋芽細胞シート」が完成した。

 「筋肉は一般に、修復力が高い。例えば、足の肉離れは3週間したら必ず治る。ケガをすると筋芽細胞がサイトカインを大量に出して、修復しようとする」と澤教授。心臓の細胞はこの修復力が低いため、一度壊死(えし)した心筋細胞が元に戻ることはまずない。足が傷つくと人は動けず、食べ物を得ることができないため一刻も早い修復が必要だが、心臓が傷つけば死に至るのみなので、修復する能力を備える必要がないからではないか、というのが澤教授の説だ。「筋芽細胞シート」は数々の動物実験を経て、2007年、いよいよヒトでの臨床研究がスタートした。

次ページ 重度の心不全が改善し、人工心臓から解放された!