成長した細胞の“初期化”に世界が驚いた

 なぜiPS細胞がすごいのか。それを知るには、約50年前にさかのぼる必要がありそうだ。1962年、英国のジョン・ガードン博士がある実験に成功した。オタマジャクシの腸の細胞からクローンカエルを誕生させたのだ。体細胞の核を取り出して、核を取り除いた卵に移植するという画期的な手法だった。そして、1997年に英国のイアン・ウィルムット博士は同じ手法でクローン羊「ドリー」を誕生させ、世界を驚かせた。核を抜いた羊の卵子に別の羊の乳腺細胞の核を入れて、見事にクローン羊を誕生させたのだ。

 受精卵は何にでもなれる「全能性」のある細胞だが、分裂を重ねると、次第に専門性を持つ細胞に分化する。分化した細胞はそれぞれの役割を持ち、例えば、皮膚なら皮膚を作る部分の遺伝情報しか読み取れない状態になる。だから各器官の細胞が、再び受精卵のときのような全能な細胞には戻らないはずだった。ところが、ドリーの誕生により、「分化した細胞であっても、何にでもなれる細胞に戻る=初期化する」ということがわかった。

 このままの手法がヒトに応用されるのは倫理的に問題があるが、これを応用し、人間の細胞を初期化して、組織や臓器を再生できれば再生医療に役立てられるのではないか、という発想が広がった。卵や遺伝子のどこかに細胞を初期化するリセットボタンがある!と、ボタン探しが始まったのだ。

イラスト:Studio-Takeuma
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 一方、1981年に英国のマーティン・エバンス博士はマウスの受精卵の胚からES細胞(Embryonic Stem cell)を発見していた。その17年後の1998年に米国のジェームズ・トムソン教授がヒトES細胞の作製に成功した。ES細胞は、増殖・分化してどんな細胞にもなり得る「万能細胞」だが、2つの問題を抱えていた。まずは、異なる遺伝子を持つ他人の細胞を移植すると、拒絶反応が起こる可能性がある点。そして、ひとつの命として誕生していたかもしれない受精卵の胚の細胞を取り出して培養するため、その行為が倫理的に許されるのかということ。

 その2つの問題をクリアしたのが、iPS細胞だ。iPS細胞は、ES細胞と同じく増殖・分化してどんな細胞にもなり得る「万能細胞」だが、卵を必要としない。皮膚の細胞などの体細胞を採取し、たった4つの遺伝子を加えることで、細胞を初期化してES細胞と同じ万能細胞をつくった。特定の遺伝子というリセットボタンをいち早く見つけたのが山中教授だったのだ。その山中教授は50年前にカエルクローンを成功させたジョン・ガードン博士とともに2012年、ノーベル賞を受賞した。

 余談だが、大スキャンダルになったのも記憶に新しい小保方氏のSTAP細胞が本当だったとしたら、さらに画期的だったのは想像に難くない。遺伝子を加えずに、体の細胞(リンパ球)を弱酸性の溶液に入れるだけで万能細胞ができるという話だったからだ。

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