1999年11月、鈴木は千葉県内の新店を開業前日に訪れ、売り場をくまなく見て回った。そこで鈴木が指摘したのは、衣料品の陳列方法だ。「ハンガーを引っ込めて、そのかわり商品を畳んで積み上げる平台を、売り場の前面にずらっと並べなさい」。

 これまでスーパーの衣料品は売り場を有効に使い、かつ人手を減らすため、ハンガーによる陳列が一般的だった。鈴木は「売り手発想になるな。売れ筋を大きくとるというのはこういうことだ」と説く。鈴木は商品の並べる順にまでこだわった。「なぜ最も目立つ赤色の上着を平台の端に置くのか。赤色を平台の真ん中に持ってきなさい」。

 本来なら、商品陳列は社長の仕事ではない。鈴木は、卵から孵化するひよこの例を挙げる。「ひよこが殻を破ろうとした時、まんべんなく中をつついていたら、殻を破る前に参ってしまう。一点集中でつつくから、殻は破れる。俺は社員に対して、ここをこうつついたらどうだと言っているだけだ」。

トップに依存するセブンイレブン

 だが鈴木の狙い通り、ヨーカ堂が殻を破ったとしても、新生ヨーカ堂には危うさもつきまとう。それを象徴しているのが、鈴木が手塩にかけて育てた、いわば鈴木流経営の完成形でもあるセブンイレブンだ。

 セブンイレブンの社員は、会長である鈴木の決断のもと、業界の常識や慣習に対して果敢に挑戦してきた。しかし、それはあくまで鈴木の決断があってのことで、実際は社長以下の全社員が、鈴木に依存している。

 1999年11月5日、セブンイレブンはビールを1割値下げした。決めたのは商品部長でも、社長でもない。鈴木だ。きっかけは業革における北海道地区の担当者の発表だった。「ビールの実勢価格が下がっているため、セブンイレブンではビールが売れない。ワインや日本酒を拡充することで、利益の維持、拡大を図っている」というのが発表の趣旨だったが、鈴木はそれを途中で遮って言った。「ビールの価格を下げればいいじゃないか」。

 社長以下、セブンイレブンの社員はあっけにとられた。ビールの粗利益率は20%程度と、通常の商品に比べて低いため、よほど売り上げが伸びなければ元がとれない。だれもが漠然と「ビールは値下げできない」と思い込んでいたのだ。

 鈴木が「セブンイレブンのほかの商品まで割高と思われる方が怖い」と説明しても、社員たちはまだ半信半疑という表情だったという。だがセブンイレブンは、それからわずか4日後には値下げに踏み切り、出遅れたほかのコンビニを圧倒した。

 鈴木は冒頭に挙げたように、誰よりも感度の鋭いアンテナで世の中の動きをつかみ、誰よりも速いスピードで行動に移している。猛スピードで時代を駆ける鈴木の目には、全力疾走している部下もまだるっこく見えるにちがいない。

 鈴木は自他ともに認めるように、せっかちだ。部下が戦略を練り上げるのを待っていられない。自分で気付いた問題には、即座に決断を下し、細かい点まで指示を与える。

 セブンイレブン社長の工藤健は20年以上、鈴木の下で仕事をしてきたが、鈴木が部下に対して「みんなはどう思う」と尋ねる姿を見たことがない。社長や役員が悩み抜いた案件も、鈴木は即座に「絶対にこうなる。大丈夫だ。やれ」と断を下す。しかも、それが外れることはめったにない。

 社員にとって、これほど頼りになる存在はないだろう。鈴木の言う通りやっておけば間違いないのだから。半面、鈴木の打ち出した戦略を咀嚼し、具体的な戦術に落とし込み、実行に移す参謀役が育ちにくい。結果として、ますます鈴木に依存する度合いが強まってしまう。それは鈴木流経営の限界とも言える。

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