世界有数の流通コングロマリットを長く率いてきたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。1963年に黎明期のイトーヨーカ堂に身を転じてから、トップの座を去るまでの53年間、日経ビジネスは彼の挑戦や奮闘、挫折を、常に追い続けてきた。そして2016年、カリスマ経営者のすべてをまとめた書籍「鈴木敏文 孤高」を上梓した。だが、書籍には収まりきらなかった珠玉のエピソードがまだ数多くある。イトーヨーカ堂創業者・伊藤雅俊氏の素顔から、鈴木敏文氏がそれぞれの時代に語った言葉まで。日経ビジネスが追った鈴木氏と伊藤氏の半世紀を、特設サイト「鈴木敏文 孤高」で連日、公開する。

 今回公開するのは、日経ビジネス1994年3月7日号の鈴木敏文・イトーヨーカ堂社長(当時)のインタビュー記事。バブル崩壊後の消費不況だからこそ、「肩に力を入れず、地道なことをきちんと処理していく基本が大切」と鈴木氏は語る。変化に対応するため、仮説を立て、試し、検証する。それを繰り返していくのが「商売」の基本だ、と。同時に「経験に頼っていては縮小均衡になる」と警告した。聞き手は本誌編集長、大谷清(1994年当時)。(写真:的野弘路)

※社名、役職名は当時のものです。

1994年、日経ビジネスのインタビューに応じる鈴木敏文氏(写真:清水盟貴、ほかも同じ)
1994年、日経ビジネスのインタビューに応じる鈴木敏文氏(写真:清水盟貴、ほかも同じ)

流通業界を取り巻く環境は激変していますが、イトーヨーカ堂グループの経営は不変ですか。特に改めて変わったことはしない。

鈴木敏文氏(以下、鈴木):全然していないですよ。

しかし、今まで通りのことをそのままやるだけでは不十分でしょう。

鈴木:一番難しいのは「変化対応」です。世の中はこれだけ激しく変化している。消費者も変わる。それに対して、どう着いていくかです。

 変化対応は社内ではずっと言い続けていますから、言葉としては、みんな理解している。ところが行動に移すとなると、自分たちの成功体験が邪魔をするわけです。

ヨーカ堂は今期こそ11年ぶりの減益になる見通しですが、利益の水準はまだ高いし、これまで素晴らしい数字を残してきたわけですからね。

鈴木:だから、私は言っているんです。現在は、今までにはない時代なんだと。その変化に対応しなければならないことは、みんな分かっている。決して一人ひとりはさぼっているわけで何でもない。ですけど、一生懸命になると、肩に力が入ってくるんですね。

 ゴルフに例えると、130ヤード飛ばせる実力があった者が、バブルの時代にはフォローの風があったから、いつでも150ヤードぐらい飛ばせたわけです。それが続くといつの間にか、自分でも150が実力と思ってしまう。

 ところが、今はアゲンストに風が変わった。それも相当強いアゲンストなものだから、130どころか、110ぐらいしか飛ばない。良くても120。「こんなはずじゃない」と思って、力いっぱいクラブを握って打つと、OBを出したりチョロばかり。それが現状だと思うんです。

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