ところで、昨今のようにモノが豊富になり消費者の好みも個性化するなど市場が成熟してくると、量販店の商売は、ますます難しくなってきていると思うのですが。

伊藤:私はね、今の市場がそんなに成熟しているとは思わないんです。例えばファッション衣料にしても、大手のアパレルは苦しんでいるが、中小メーカーには目を輝かせてやっているのがたくさんいる。消費の傾向として個性化や地方化が進んでいるなどと言われますが、そんなのをうっかり信じたら、とんでもない間違いをしかねないんです。

 ファッションの流れだって、今はむしろ世界中で同時に、同じスタイルが流行します。若い人向けのクルマが売れているとはいえ、色を見ると赤、黒、それに白に近いベージュと、売れ筋は限られている。

 個性化の動きの中で、もう一度、共通化現象が現れてきているのが現状で、今はそちらの方を重視すべきだ、と私は思うんです。つまり量販店がダメだなんてことは全くない。逆なんです。

一般に言われている消費の現状のとらえ方とはかなり違いますね。

伊藤:ええ。私は性格が楽天的だからかもしれませんが、何か問題にぶつかっても、それほど深刻に考え込む必要はない、といつも思うんです。むしろ、問題のあるところにこそ新しい市場がある、と考えるべきですね。事実、これまでも、その繰り返しだった。

 セブン-イレブン・ジャパンを手がけた時も、きっかけは、ヨーカ堂本体の生産性の低下でした。生産性を上げるには回転率の高い商品を増やすことだ、ということで、回転率の高い商品だけを集めたコンビニエンスストアに注目するようになったんです。

 チェーンストアの人件費上昇が問題になり始めた頃は、まだ成熟市場なんていう言い方はなかったんですが、私は人件費が上がるということは、お客様の懐具合が良くなることなのだから、それを見込んで品ぞろえをいいものにシフトしていこう、というように考えてきたわけです。

本田宗一郎が語った「オートバイ屋と小売店が競う日」

そうすると、小売業にとって問題が続出していると言われる今の状況は、むしろチャンスというわけですね。

伊藤:そうですね。取引先やお客様からの難しい注文とかクレームなんかの中に、商売のヒントがあると私は考えております。難しく考えずに、お客様のために、と考えていけばいいんです。

結局、経営者の考え方次第ということですか。

伊藤:ものごとを固定して考えてはいけないと思うんですね。思いこみや決めつけは判断を誤るもとです。例えば、成熟市場なんて言われているのに、今、高級専門店の業績が悪いでしょう。矛盾した話のように見えますが、あれは高級専門店の分野で、商品以外の、特にレジャー産業との間の新しい競争が起きているからなんです。

 今の世の中は遊ぶものにこと欠かない。お客様にとっては、選択肢が多すぎるのです。その結果として、当然、それぞれの単価は下がらざるをえない。高級専門店の高い商品では競争力がないんですね。それを小売店同士の比較で考えていては、原因がわからない。

 15年も前(1986年頃)の話ですが、本田宗一郎(本田技研工業最高顧問)さんに、「将来は、オートバイ屋と小売店が競争するようになる」と言われたことがあります。非常に印象深かったんですが、その通りになっていますね。大切なのは柔軟な頭脳ですよ。

小売業のトップには、暇を見ては自ら店を見て回る経営者が多いようですが、伊藤さんの場合も直接、現場を見て指示されることは多いのですか。

伊藤:今はあまり細かいことは言いませんし、そのために店に行くこともほとんどありません。現場の責任者が言われなくとも気づいてくれないことには仕方がないんですから。それに私自身、すべて分かるなどと思いませんしね。

 トップがそんなふうに思いあがるのは大変危険なことですよ。トップの決断なんて、間違いもたくさんあるんですよ。皆、恥ずかしいから言わないだけで(笑)。それに最初の決断だけがすべてじゃない。私は、生むよりは、生んだものを育てる方がよほど難しいと思うんですよ。世間でも、生みの親より育ての親と言うじゃないですか。